2020年05月28日

食料難のハチは葉っぱを傷付けて花を咲かせる、驚きの戦略

食料難のハチは葉っぱを傷付けて花を咲かせる、驚きの戦略


https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/052500313/


5月21日付の学術誌「Science」に掲載された論文によると、マルハナバチはまだ花が咲いていない植物の葉に小さな切り目を入れることで、開花を早めていることがわかった。


今回の研究に関わっていない米カリフォルニア大学デービス校のハチ生物学者ニール・ウィリアムス氏は語る。「その後、なぜ今まで誰も気付かなかったのだろうと思いました」


 ハチは花を咲かせようとしているのではないかと、同大学の化学生態学者でパシャリドゥ氏の指導教官であるコンスエロ・デ・モラエス氏は考えた。そうして一連の実験を行った結果、食料となる花粉不足に直面したマルハナバチは、植物を傷付けることで通常よりも1カ月ほども早く花を咲かせられることが示された。

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2020年05月27日

「水になりたい!」

透明なストローを通して美術室に響く

スー、スーという私の呼吸音。

語りかけても返事がないのなら

こうして息で呼びかけてみよう。


(彩る意味を見いだせないこのからだ。

「お前に色なんて似合わない」

そう告げている教室のドアをわかってると引き裂いて、焼けつくような紅を求めた。古いパレットを、確かめるように開いてみるけれど、何度見てもそこには私しかいない。それは、雨の中でひっそりと服を脱ぐ少年の藍)


色に奪われた私の息吹が

画用紙の上で生き返る。

水になって吹きのびていく。


この水脈のたどりつく先が

誰かの渇いた左胸であれば、

私もまた、取り戻せるものがある。

取り戻すための入り口が

まぶたの裏に見えてくる。

「水になりたい!」

風に紛れて、雲をめざし駆けのぼる私。


文月悠光『適切な世界の適切ならざる私』より

(思潮社、20091025日発行)

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「美について」サマセット・モーム

 長いあいだ私は、人生に意義を与えるのは美のみであり、地球上に次から次へと出現する各世代に与えるべき唯一の目標は、時々でいいから芸術家を世に送り出すことだと、考えていた。芸術作品は人間の活動の頂点に立つ産物であり、人間のあらゆる悲惨さ、終わりなき労苦、裏切られた努力もこれによって遂に正当化される、と考えていた。〔中略〕それのみが人生に意味を与えうる芸術作品の中に美しい生き方も含めることで、私はこの極端な考えを後になって修正したけれど、それでもなお私が尊重しだのは美であった。しかし、このような考えを、私はかなり以前に全て放棄してしまった。

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 第一に、美は終止符だと分かった。美しいものを見ていると、私はただただ感心して眺めているしかないのだった、それか与えてくれる感動は素晴らしいか、感動は持続しないし、無限に感動を繰り返すことも出来なかった。それで、この世の最高に美しいものも結局私を退屈させた。試作品からならもっと長続きする満足が得られるのに気付いた。完璧な出来ではないので、却って私が想像力を働かせる余地があった。あらゆる芸術作品の中で最高の作品においては、あらゆるものが表現されているので、私か出来ることは何もない。そこで私は落ち着きを失い、受身で眺めているのに飽きてしまう。美は山の頂上のようだと思った。そこまで辿り着いたら、後は下りるしかない。完璧というのはいささか退屈である。誰もが目標としている最高の美は完璧に達成されないほうがいいというのは、人生の皮肉の中でもかなりひどいものだ。


 人は美という言葉で、審美感を満足させる額神的ないし物質的なもの「大抵は物質的なものだが」を意味していると思う。だか、これでは、水が意味するのは濡れたもの、と言うに等しい。〔中略〕私が気付いた奇妙なことは、美の評価には永続性がないという点だった。どこの美術館へ行っでも、ある時代の最高の目利きが美しいと判断したのに、現代の我々には無価値と思える作品で一杯である。私の生涯の間でも、少し以前まで最高とみなされていた絵画や詩から、美が日の出の太陽の前の白霜のように蒸発するのを見た。〔中略〕得られる結論はただ一つ、美は各時代の要求に関わるものであり。我々が美しいと思うものを調べて、絶対的な美の本質を探すのは無駄だということである。美が人生に意味を与える価値の一つであるにしても、それは常に変化しているものであり、それゆえ分析できない。

〔中略〕

私か言うのは、美を眺め鑑賞するのが人生の主たる仕事である人のことである。この連中には、尊敬すべき点ははとんどない。虚栄心が強く、自己満足の輩である。人生の実務的な仕事には不向きであり、経済的な理由から地味な仕事を黙々としている人を馬鹿にする。自分はたくさんの本を読み、たくさんの絵画を観たからというので、他の人より偉いと思っているのだ。現実から逃避するために芸術を楯にし、人間の生活に必要な活動を否定するために平凡なものには何であれ愚かしい軽蔑の目を向ける。麻薬常用者並みというか、いやもっと悪い。麻薬常用者なら、お山の大将になって仲間の人間を低く見たりはしないから。芸術の価値は、神秘主義者の考える価値と似て、どんな効果があるかにかかっている。単に楽しみを与えるというのであれば、どれほど精神的な楽しみであっても、あまり価値はない。せいぜいIダースの廿町とIパイントのモンラシェ酒くらいの価値しかない。もし美が癒し効果を持つなら、それはそれで結構。世の中は回避できない悪ばかりだから、人が一休み出来る避難所みたいなものがあれば有難い。ただし、悪から逃れるのではなく、休んでから力を盛り返して悪と対決しなくてはならない。というのは、芸術が人生における大きな価値の一つであるのなら、人間に謙虚、寛容、英知、雅量を教えるべきなのだ。芸術の価値は美でなく正しい行為である。


 美が人生の大きな価値だというのなら、美がそれを味わうことの出来る美的感覚を持つ階級のみの特権だというのは信じがたいことだ。エリートだけが分かち持っている感性が人生の必需品だと主張するのは変だ。だが、美学者はそのように主張する。白状するが、愚かな若造だった私は、芸術(そこに私は自然美も入れていた。これも絵画、交響曲と同じく、明確に人が作ったものだと思っていたし、今もそう思う)が、人間の努力の最高の成果であり、人間存在を正当化すると考えていて、芸術が分かるのはエリートだけだと思うと、言うに言われぬ満足感を覚えたものだった。その後、かなり以前からこの考えは変だと気付いている。美が一部の人の専有物だとは信じられない。特殊な教育を受けた人にしか意味を持たないような芸術作品は、それを好む一部の連中と同じく、くだらないと思いたい。芸術は皆が楽しめる作品である場合にのみ偉大であり、意味を持つ。一部の限られた一派の芸術は遊びである。ところで古代芸術と現代芸術の間にどうして区別をつけるのかか、私には分からない。あるのは芸術のみであるのに。芸術は生き物である。芸術作品の歴史的、文化的、考古学的な曰く因縁を考察することによって、作品に命を与えようとする試みは無意味である。ある彫像を作ったのが古代ギリシヤ人であろうと現代フランス人であろうと、そんなことはどうでもいい。大事なのは彫像が今ここで人に美的感動を与え、感動によって人を仕事へと駆り立てるということである。もし芸術作品か、自己耽溺や自己満足の機会を与える以上のものであろうとするのなら、人の性格を強め、人を正しい行動に一段と適するようにさせなくてはならない。とすると、そこから得られる結論は、私の好まぬものだが、次のように認めざるを得ない。即ち、作品は成果によって価値を問われるべきであり、成果が上がらなければ価値はないのである。芸術家がよい成果を得るのは、成果を狙わないときだという。


 このことは事実として認めるしかないらしいが、奇妙な話であり、私には何故だか不明である。芸術家は、彼が説教していると気付いていないときに最も印象的な話をする。ミツバチも自分の目的のためにロウを作るのであって、人間が様々な目的に利用することには気付いていない。


サマセット・モーム『サミング・アップ』行方昭夫訳(岩波文庫)76章「美」より


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2020年05月26日

水茄子にオリーブ油、これで決まりです!

眼精疲労予防、高血圧予防、心筋梗塞予防、脳梗塞予防、動脈硬化予、がん予防など。


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水茄子の皮にはアントシアン系色素「ナスニン」というポリフェノールの一種が含まれる。発がんを抑制する抗酸化作用があり、眼精疲労にも効果がある。多く含まれるカリウムも血圧の上昇を抑える作用がある。


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茄子の栄養素(100gあたり) ・カリウム:220mg ・マグネシウム:17mg ・鉄:0.3mg

・ビタミンC4mg  ・ビタミンB1:0.05mg  ・ビタミンB20.05mg  ・葉酸:32ug


ナスニンは目の疲れを回復、眼の網膜にあるロドプシンの再結合に働きかけて、目の疲れを回復する。ナスニンは血液をサラサラにして血流を促進する作用があり、高血圧の防止につながる。そして「クロロゲン酸」もポリフェノールの一種で強力な抗酸化作用があり、胃液の分泌を促進する。

・むくみを解消

・目の疲れを回復

・高血圧の改善

・生活習慣病の予防

・老化防止

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2020年05月25日

ロシア小噺【アネクドート】

ロシア人はウオッカが好きで、それに関するアネクドートがたくさんあります。ウオッカを飲むときに、ロシア人はたった一人で飲むのはあまりなくて、友達を呼んで3人くらいで飲む習慣がある。「3人で何か考えましょう」となったら「3人で飲みに行きましょう」という誘いらしい。


【酒アネクドート】

息子がお父さんに聞くんです。 

「お父さん。酔っぱらうってどういうことなの?」 

「うーん、説明しづらいんだけど、例えばそこにグラスが2つあるだろう。それが4つに見えたら酔っぱらっているということだ。」 

「でもお父さん。グラスは1つしかないよ?」



ある童話で3人の老人が海に行って金魚を釣った。その金魚が「私を放してくれたなら、あなた方の願いを聞いてあげますよ」という童話を元にしたアネクドート。


ある日大きな船が沈没して、無人島に漂流した3人組がいました。

それはアメリカ人とロシア人とフランス人でした。食べるものが無くて、海で魚を釣った。それが金魚であった。

金魚は「私を海に放して下さい。そうしてくれたらあなた方一人一人の願いを叶えてあげましょう」という。

アメリカ人は「俺にはウイスキー1本ときれいなお姉さん、そして俺をラスベガスへ移してくれ」といった。

その願いは叶えられて、一人目がいなくなる。そしてフランス人は「俺にはシャンパン1本ときれいなお姉さん3人、そして俺をパリに戻してくれ」という。

彼の願いは叶えられ、二人目がいなくなる。最後に残されたロシア人は考えた。

(どうしようか。家に戻ってもうるさい家内しかいないし、つまらない。よし、決めた!)

「俺はウオッカ1本と、あの2人を返してくれ」                             

            

Q.「歯が32本で足が4本、それってなーんだ?」

A.「それはワニである」

Q.「歯が4本で足が32本、それってなーんだ?」

A.「それは共産党中央委員会(ツェーカ)である」


ロシア人の会話はテーブルを囲んでお茶を飲みながら色々な話をする。会話が続かないときに「そういえばこんな話を知ってる?」とアネクドートの話が弾むらしい。種類は数え切れないぐらいあり、良い気晴らしになるという。

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2020年05月24日

『死んだらどうなるのか? 死生観をめぐる6つの哲学』伊佐敷隆弘(亜紀書房)

あなたはどの「死後」を望みますか?

だれもが悩む問題「死後はどうなる?」を宗教・哲学、AIについての議論を横断しながら対話形式で探究する。

宗教と哲学の知見を駆使して古今東西の6つの死生観を検討した先に、答えはみつかるか。

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【本書で検討する6つの死生観】

他の人間や動物に生まれ変わる。

別の世界で永遠に生き続ける。 

すぐそばで子孫を見守る。 

子孫の命の中に生き続ける。

自然の中に還る。 

完全に消滅する。

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「マリファナ」と呼ばれる植物の謎が、ついに明らかに?

人類はカンナビスをどう扱ったらいいのか、決めきれないでいる。

何千年ものあいだ、人類はカンナビスわを医薬として、また精神をトリップさせるものとして用いてきた。(19世紀に植民地のインドでカンナビスの使用を禁止した英国は例外だ)。そして20世紀に入ると、米国政府はカンナビスとの戦いを宣言し、世界の大半の国がそれに追随することとなった。

しかし今日の米国では、連邦政府がカンナビスをヘロインと同じ「スケジュールI(医療的メリットのない極めて危険な薬物)」の指定薬物としていることに対し、いくつもの州が異議を唱えるようになった。連邦議会でもエリザベス・ウォーレン上院議員らがカンナビス使用を合法化するべく活動している

事実、カンナビスは多くの病気の治療に用いることができ、アルコールよりもはるかに安全であることを科学者が証明している。曲がりくねったカンナビスの旅もようやく核心的真実にたどり着いた。それは、人間を苦しめる病気を治す強力な薬になるということだ。

https://news.livedoor.com/article/detail/16514397/


カンナビスはいまだに謎の多い薬物だ。その根本理由は、アルコールのように比較的単純な薬物とは違い、カンナビスにはTHC(テトラヒドロカンナビノール)など数百種の化学物質が含有されていていること。そして、それらの相互作用を科学者は解読し始めたばかりだということにある。


わたしたちの祖先は、カンナビスのいくつかの薬理作用に気づいていた。古代中国における伝説の三皇五帝のひとりである神農は、病気の治療のために麻から酒をつくることを勧めたと伝えられている。カンナビスの豊かな歴史をもつインドでは、数千年ものあいだ、霊的な助けを与えてくれる道具として使われていた。


鉄と石により巨大国家が築かれるようになってからも、カンナビスは不可欠な作物だった。例えば古代ローマでは、麻を材料としたとても丈夫な帆やロープがなければ、帝国を支える海軍力をもてなかったはずだ。大英帝国やスペインも同じで、麻の索具装置を用いたことで世界に領土を広げることができた。かのジョージ・ワシントンも、カンナビスを栽培していたという。


研究は盛んに行われ、合法のカンナビス産業は急発展している。そしてまもなく、世界で最も謎に満ちた植物のひとつであろうカンナビスの秘密が、明かされようとしているのだ。


https://wired.jp/2019/05/25/wired_guide_cannabis/

posted by pengiin at 07:12| 東京 ☔| Comment(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする