2020年06月11日

いまだ人間を幸福にしない日本というシステム

カレル・ヴァン・ウォルフレン

「受け身は死を意味する」「知識がなければ弱い立場に置かれる」「しかたがないは政治的主張」「組織を危うくするのは無関心」である。


「いまだ人間を幸福にしない日本というシステム」

第1部 よい人生を妨げるもの(偽りの現実と閉ざされた社会;巨大な生産マシーン;無力化した社会の犠牲者たち;民主主義に隠された官僚独裁主義)

第2部 日本の悲劇的な使命(日本の奇妙な現状;バブルの真犯人;日本の不確実性の時代)

第3部 日本はみずからを救えるか?(個人のもつ力;思想との戦い;制度との戦い;恐怖の報酬;成熟の報酬)

https://bookmeter.com/books/5636803


「アメリカが日本を保護するという、かつての偏った関係が日本にメリットをもたらすという時代は終わった。全ての読者はこのことをしっかりと心に留めておいてほしい。いまなおアメリカが日本を保護していると見なすことはばかげている。現実はその逆だと述べた方が、説得力がある。 アメリカが戦争にかかわっているために、そして将来的にはさらにそうした傾向が強まると思われるために、日本はいっそう危険な立場に追い込まれることだろう。」

働けど働けどわが暮らしよくならぬのか。日本を支配しているのは官僚であり、官僚が税金を投じる物事に説明責任がない。昨今オリンピックのスタジアム問題でも、諸外国では500億程度の予算なのに、なぜ1500億円でなければならないのか。日本を不幸にする「元凶」は、何も変っていない。

「日本という国や個人を批判してきたわけではなく、日本の政治という不運な現実を分析してきた。日本人も管理者に対しまず共感を持つべき」

「世界中の政治を変えたのは中産階級」だったのである。


https://www.kadokawa.co.jp/product/201282000287/

いまだ人間を幸福にしない日本というシステム:文庫(電子版) KADOKAWA

posted by pengiin at 15:00| 東京 🌁| Comment(0) | 図書と文庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ラディゲは危険に生きた。

 ランボオは天才であった。それはよろしい。が、ラディゲの天才はそれと同じ意味ではなかった。ラディゲは逆説的な天才だった。つまり「平凡さ」の天才、散文の天才、小説の天才(!)だった。

 「ランボオやガロアの稀有の状態とは異なり、ラディゲのそれは恐ろしく外部によって実証されていたのだ」とティボーデは書いている。

 「文学的持続は厳として生命の法則をもっている。そして、人に愛される一歳仔の状態はフランス第一の美人と謂った状態と同様、それは危険に生きる生き方である」

(中略)

ラディゲでは、「時」は捨象され、作者は完全に身を隠し、作品は古典劇のように、純粋な空間に展開される情念の機敏な運動の図式になった。

 なるほどラディゲは「危険に生き」た。人生にはいろんな生き方の類型があり見本があるか、作中のマオやフランソワの生き方がその類型の一つでありながら、このような光輝ある典型になったのは、作者が人生を逆様に生きえたからであろう。この生得の精神のブランコ乗りは、若くしてサーカスの天幕の高みから墜死すべき運命を荷っていたが、高みから見おろした無数の観客の凡庸な顔は、却ってわれわれがその観客に入りまじって見るよりは、神聖な、あるいは崇高な表情をもち、光輝に包まれて見えたかもしれない。天使の目に映った地上が、ラディゲの小説のように、透明で明晰で美しいということは、満更空想できないことではない。そこでラディゲは地上へ好んで大いそぎで落下したのであった。この焦繰のもたらした稀有のスピードを、われわれは「ドルジェル伯」や「肉体の悪魔」のなかに見るのである。

(「レイモン・ラディゲ」三島由紀夫)より


アルベール・ティボーデ(Albert Thibaudet, 1874年4月1日 - 1936年4月16日)

フランスの文芸評論家。ソーヌ=エ=ロワール県トゥールニュ生まれ。アンリ・ベルクソンの弟子で、ルソーを研究、ジュネーヴ大学で教え、ジュネーヴ学派の一人であった。『新フランス評論』に長く寄稿した。

posted by pengiin at 09:00| 東京 ☁| Comment(0) | 図書と文庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする