2020年05月12日

お前は天馬の親族だ

「天馬の族」石垣りん


お前は天馬の親族だ

と、言われても

馬車馬のようにただ働くだけの毎日では

いきおい自由の天地も忘れ

疲れて、よごれるばかりであるが


生きるために人間が

色々の手を使うからといって

それの出来ない者共が

この如く飼い馴らされ

こきつかわれ

馬権を侵害されるとは

不満至極な話である。


せめてこの眼の両脇の

黒い覆いをとってくれ

四方八方、見たいではないか

そうピシピシと鞭をあてるな

私は健康で美しい

杉の木のようにすっくり立った足

海が波うつようなたてがみ


人間は、自分と同種でないだけの理由で

その狭量なヒューマニズムを楯に

別扱いにして恥じないが

なぜ

ゆたかな胸の中に熱い想いをたぎらせ

澄んだ大きな眼で

いつも遠くを、高くをみつめている

我らの永遠の憧憬について

知ろうともしないのか

これが同時代に於ける

もっとも悲しい偏見である。


私は働く

これは隷属ではなくて、愛だ

これだけが自分の持つ

不変のプライドである。


新しい年のはじめに

人は縁起をかついで

初荷だ、と称するが

負わされた背中の重みは

相変わらず、十年一日の中味である

曰く、権力、利益、出世

それもよかろう

歴史の歩みの遅々たる証左であるならば、


道は遠い


とられた手綱のみちびく彼方

人間の目のとどかない天の一角に

 (そうだ、この目に天がうつる)

もしも嵐の影が見えたら

火や嵐の吹きまく兆候が見えたら

ふだんは従順この上もない我等

一声、嘶いてふんばろう

梃子でもそっちへ、行かないことだ。   


(1954.1)

【現代詩文庫・石垣りん詩集】より

posted by pengiin at 13:00| 東京 ☁| Comment(0) | 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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