2020年05月27日

「水になりたい!」

透明なストローを通して美術室に響く

スー、スーという私の呼吸音。

語りかけても返事がないのなら

こうして息で呼びかけてみよう。

(彩る意味を見いだせないこのからだ。

「お前に色なんて似合わない」

そう告げている教室のドアをわかってると引き裂いて、焼けつくような紅を求めた。古いパレットを、確かめるように開いてみるけれど、何度見てもそこには私しかいない。それは、雨の中でひっそりと服を脱ぐ少年の藍)

色に奪われた私の息吹が

画用紙の上で生き返る。

水になって吹きのびていく。


この水脈のたどりつく先が

誰かの渇いた左胸であれば、

私もまた、取り戻せるものがある。

取り戻すための入り口が

まぶたの裏に見えてくる。

「水になりたい!」

風に紛れて、雲をめざし駆けのぼる私。


文月悠光『適切な世界の適切ならざる私』より

(思潮社、20091025日発行)


posted by pengiin at 17:25| 東京 ☁| Comment(0) | 図書と文庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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