2021年05月04日

小熊秀雄『流民詩集』(三一書房)


 序

  

 これは自分で發見したことであるが,この詩集をまとめてみると,

 その詩の中にいかに『夜』を歌つた詩が多いかに氣づいて,それは日本といふ現實が,私の心の城廓の周圍を,いかに深い夜のやうな状態でとりかこんでゐたかといふことが回顧される。

しかし自分は,獨斷とヱゴイズムでその暗Kの中を切抜けてきたなどとは思つてゐない。自分の心の城は崩れたのである。

しかもそれはもつとも自然な状態に於て崩壊したやうに思はれる。(引用一部) 



「夜の靈」


  粘り気の多い暗さの夜の中で

  酔ひは私の心と眼をはつきりさせる

  人の心の奥底にただよふ

  かよわい優しいものが

  ただ月のかがやきに掩はれて

  私の醉つた心にうつらない

  どこの家なみにも

  夜を素直な生活の一日の終りと

  たやすく運命を定めた人々の

  寝息にも似た靜かな話し聲

  ただこゝに醉ひと怒りとに

  永遠を信じ,未来を信じ,

  あすの日はたやすく敵にあけわたす城を

  はげしくこばむ人々も絶えはしない

  信ぜよ,夜の暗さの中に

  眼をかがやかし冴えたる心をもつて

  明日をまつ夜の靈のあることを



 

「月下逍遥」


  夜露にぬれた路をとをつた

  月は高くのぼり

  孤獨な丸さをもつて

  人間界との距離をつくらうと

  懸命な狡猾さで光り

  その月は幾代も前から傳はる柩のやうで

  すこしの新鮮味も感じない

  私はその時かう思つた,

  私は私の生活を一番よく知つてゐる,

  神聖なものではない

  醜い藁でつくられた巢のやうな生活

  窓から月をながめるときも

  純粹にはみることができない

  打算的な眼光がそれに加はつた

  この世には純粹無垢などといふものはない

  それでも私はそれに近い生活をのぞんでゐる

  混亂と苦痛との幾日

  月夜はつづき

  私はのべつまくなしに

  人間の死といふことを考へつづけながら

  夜となれば郊外を徜徉する

  光つた道路よ

  混睡状態にある私は

  平坦な路も

  坂を登るやうな心の苦痛で

  路いつぱいに照してゐる月に

  腹いつぱいの惡態を吐いてみる

  おゝ,月よ,光つた道路よ

  友よ,

  いつさいのものよ,私をゆるしてくれ。 


 


「ふくらふ」


  私の梟は

  かなしみの中に

  とぢこめられて眠ることができない

  ばたばたと樹から樹へとぶ

  そして唄ふ

  ― オー,オ,オ,オ,

  生れねばよウ

  オ,オ,オ,オ,オーイ。

  私のふくらふは

  恐怖を愛し

  疑惑を樂しんでゐる

  夜の巫女だ

  曾つては豫言者であつたが

  いまはずつとたれより

  いたいたしい心で祈る巫女だ 

  私のふくらふは

  すべての眠りの中で

  憎しみを歌ひ

  すべてのものの夢の間に

  撒きちらす魔法の粉のやうに

  醒めても去らない

  痲痺を撒く,

  私のふくらふは

  ふりまくものをもつてゐる

  それは夜の間に歌ふといふことだ,


 


「Kい月」


  私は郊外をあるいた

  月があまりに強く光つてゐて

  月がかへつてKく見えて

  あたりが白く見えた

  物語りめいた

  Kい月など

  みつけてしまつた

  貧富の明暗

  ビアズレイの畫のやうな

  白とKとの世界

  世の中はKい月をみつけるほど

  なんでも逆になつてしまつた

  戀とは失戀するために――

  一生懸命になることだし

  生命を縮めるために

  生きてゆかうとしてゐる

  Kい月が光るので

  あたりが白くなる

  印度人は白い服を着る

  お前がKい服を着たなら

  却つて色が白く見えるのに

  Kい月が光るので

  なにもかも世の中が逆になつた


 


「運命偶感」


  まだすり切れてゐない

  私の運命よ

  だがさういつまでも新しくはあるまい

  次ぎの運命の引き繼ぎのために

  のこされた精神は

  こゝらで石炭殻のやうになることを

  私は怖れる

  過去は打撃の多い

  苦しみの多い生活であつた

  運命を滿腹さしてくれた

  お前の行爲に謝する

  そして私の愛する民衆の愚眛と

  聡明な時の流れに敬意を表する


 


「春の歌」


  蟲共はうごき始めた

  乾いた土に列をつくつてゐる

  私はそれをみると胸がつまつてくる

  ヤキモチが燒ける

  立派な目的のために

  こいつらが歩いてゐるのだと思ふと 

  春がやつてきたのだ

  昆蟲も寒さから開放され

  結核菌が殖えて

  星の光りもにぶく

  菫の花も咲く

  春がやつてきたのだ。

  小さな蟲共の行手に指をたててみる

  彼等は私の指を避けて通る

  彼等は紳士的だ

  おどろくほど沈着いてゐて

  彼は彼の行手のために

  行列を切斷しない

  私はそこに小さなものの

  精神の鎖をみつけた

  人間はどこで誰とつながつてゐるだらう

  俺達人間は春を享樂できない

  昆蟲や草花に權利は引き渡してしまつた

  精神は粗雜な何事も印刷出來ない

  惡い紙のやうにペラペラだ

  どうしてデリケートな春を

  心に映しだすことができやう

  勝手にホザク安いラッパのやうに

  不平を呟やいて

  それだけのことで終りだ

  春も終りだ

  もちろん夏も素通りだ。


 


「私の樂器の調子は」


  半生は満足するほど敗けたから

  殘りの半生を満腹するほど勝ちたい

  ふるさとでの少年時代は

  一日中,草の葉のゆれるのをみて暮した,

  人間はなんにも語つてくれなかつた

  波が終日私にさゝやいた

  淋しい生活ををくつた

  私がこんなに多辯な理由がわかるだらう

  愛にも飢えてゐたから

  いや愛するといふ方法を知らなかつた

  私は復讐戰にはいりたい

  敗北者たちの泣ごとは

  私の周圍に鳴る鈴のやうに

  快感を覺えても決して苦痛ではない

  智識がどんなに私にとつてワナであつたか

  学問がどんなに私の足を挾んで

  前に倒したか

  私はそれを知つてゐる 

  私の望んでゐたもの 

  それはどんなに無内容にみえても

  新しい現實の基礎となるものを求めた

  他人が私の詩を無内容だとか,

  單純だとかいつて批難してきた,

  それらの批難者も,詩人も,批評家も

  いまは一人も影を見せない,

  私の詩は將に詩ではない

  殊にあの人達の理解の中での

  詩であつてはたまらない

  私の陽氣も,強情も,

  私の快活も,多辯も,

  もつとも低級な意味で

  本質的であれと思ふばかりだ,

  私は待つてゐる

  古い人間ではない

  古い智識や,古い學問ではない

  待つてゐるのは新しい人だ 

  私は確信をもつて歌ひ

  生活をつづける

  私の詩は新しい人に理解されるだらう。

  泣蟲共はただ一瞬の流れの上の

  木の葉のやうに過ぎ去るだらう

  私の樂器は

  古い人達の樂器とは調子が合はない,


 『流民詩集』(三一書房)より



【小熊秀雄】一九〇一年(明治三十四年) 北海道小樽生。一九四〇年(昭和十五年)11月20日、東京市豊島區千早町30番地東荘にて死去(肺結核)。

<私の樂器は、古い人達の樂器とは調子が合わない>



 「千早町三十番地」中野重治


  千早町三十番地東荘はどこなりや

  落合にもなし

  長崎にもなし

  千川にもなし

  そこで丸々逆戻りして線路を踏み切りて行く

  そこは新道路にそえる古くさき舊道路

  新道はまだ人通らず

  白きブラスターに朝の陽てり

  あちこちに筵のきれ敷かれたり

  その掘削の泥舊道に積まれ

  舊道はでこぼこと昇り下る

  そこを昇り來る女あり

  どこかの掃除婦ならん

  鼻より白き息吐き

  袖にて口許かけておおう

  そこに疊屋あり

  軒に七輪をおき

  朝のタドンを起こすところ

  きほのお搖れるを

  犬二匹足を伸ばして不思議そうに見入る

  そこに屑塚のある畑あり

  老母三人 片手にバケツを提げてそれを漁る

  そこにアサリ屋あり

  ごま塩のおやじ

  濡れた小刀にて一心に剥身をつくる

  そこの軒にブリキの手形さがり

  この奥東荘と書いて指さす

  なるほどそこにあり

  崖によせかけ 一つの五味箱の如くかなしく


 「古今的新古的」

『日本プロレタリア文學大系』「轉向と抵抗の時代」(三一書房)より 

posted by pengiin at 09:10| 東京 ☀| Comment(0) | 図書と文庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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