2018年06月06日

水とビニール袋で火を起こす方法

陽があれば陰もあるように、世の中に相容れない両者は多く存在する。

例えば「水と火」もそのひとつ。

火を消すのに水を使うが、水とビニール袋で火をおこすことができる。

https://rocketnews24.com/2017/06/10/911758/


山登りやハイキングなどで万が一、遭難してしまったら?

災害などに巻き込まれて火を起こす必要に迫られたら?

https://grapee.jp/204152


都会に住んでいようと田舎に住んでいようと、もしもの時のためのサバイバルスキルは覚えておいて損はない。

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2018年06月04日

宝塚の散策

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手塚治虫さんが20年過ごした街を散策しました。
記念館前 火の鳥のモニメントを 超えるとニトリが在ります。
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2018年06月03日

宝塚周辺

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2018年05月12日

「神いくさ」柳田國男

 日本一の富士の山でも、昔は方々に競争者がありました。人が自分々々の土地の山を、あまりに熱心に愛する為に、山も競争せずにはいられなかったのかと思われます。古いところでは、常陸の筑波山つくばさんが、低いけれども富士よりも好い山だといって、そのいわれを語り伝えておりました。大昔御祖神みおやがみが国々をお巡りなされて、日の暮れに富士に行って一夜の宿をお求めなされた時に、今日は新嘗にいなめの祭りで家中が物忌みをしていますから、お宿は出来ませぬといって断りました。筑波の方ではそれと反対に、今夜は新嘗ですけれども構いません。さあさあお泊り下さいとたいそうな御馳走をしました。神様は非常に御喜びで、この山永く栄え人常にきたり遊び、飲食歌舞絶ゆる時もないようにと、めでたい多くの祝い言を、歌に詠んで下されました。筑波が春も秋も青々と茂って、男女の楽しい山となったのはその為で、富士が雪ばかり多く、登る人も少く、いつも食物に不自由をするのは、新嘗の前の晩に大切なお客様を、帰してしまった罰だといっておりますが、これは疑いもなく筑波の山で、楽しく遊んでいた人ばかりが、語り伝えていた昔話なのであります。(常陸国風土記。茨城県筑波郡)
 富士と浅間山が煙りくらべをしたという話も、ずいぶん古くからあった様ですが、それはもう残っておりません。不思議なことには富士の山でまつる神を、以前から浅間大神ととなえておりました。富士の競争者の筑波山の頂上にも、どういうわけでか浅間せんげん様が祀ってあります。それから伊豆半島の南の端、雲見くもみ御嶽山みたけやまにも浅間の社というのがありまして、この山も富士と非常に仲が悪いという話でありました。いつの頃からいい始めたものか、富士山の神は木花開耶媛このはなさくやひめ、この山の神はその御姉の磐長媛いわながひめで、姉神は姿が醜かった故に神様でもやはり御ねたみが深く、それでこの山に登って富士のうわさをすることが、出来なかったというのであります。(伊豆志其他。静岡県賀茂郡岩科いわしな村雲見)
 ところがこれから僅二里あまり離れて、下田しもだの町の後には、下田富士という小山があって、それは駿河の富士の妹神だといっております。そうして姉様よりも更に美しかったので、顔を見合せるのがいやで、間に天城山あまぎさん屏風びょうぶのようにお立てになった。それだから奥伊豆はどこからも富士山が見えず、また美人が生れないと、土地の人はいうそうであります。おおかたもと一つの話が、後にこういう風に変って来たものだろうと思います。(郷土研究一編。同県同郡下田町)
 越中舟倉山ふねのくらやまの神は姉倉媛あねくらひめといって、もと能登の石動山せきどうさん伊須流伎彦いするぎひこの奥方であったそうです。その伊須流伎彦が後に能登の杣木山そまきやまの神、能登媛を妻になされたので、二つの山の間に嫉妬しっとの争いがあったと申します。布倉山ぬのくらやまの布倉媛は姉倉媛に加勢し、甲山かぶとやま加夫刀彦かぶとひこは能登媛を援けて、大きな神戦かみいくさとなったのを、国中の神々が集って仲裁をなされたと伝えております。一説には毎年十月十二日の祭りの日には、舟倉と石動山と石合戦があり、舟倉の権現がつぶてを打ちたもう故に、この山のふもとの野には小石がないのだともいっておりました。(肯構泉達録等。富山県上新川郡船崎村舟倉)
 これと反対に、阿波の岩倉山は岩の多い山でありました。それは大昔この国の大滝山と、高越こうつ山との間に戦争があった時、双方から投げた石がここに落ちたからといっております。そうして今でもこの二つの山に石が少いのは、互にわが山の石を投げ尽したからだということであります。美馬みま郡郷土誌。徳島県美馬郡岩倉村)
 それよりも更に有名な一つの伝説は、野州やしゅうの日光山と上州の赤城山との神戦でありました。古い二荒ふたら神社の記録に、くわしくその合戦のあり様が書いてありますが、赤城山はむかでの形を現して雲に乗って攻めて来ると、日光の神は大蛇になって出でてたたかったということであります。そうして大蛇はむかでにはかなわぬので、日光の方が負けそうになっていた時に、猿丸太夫という弓の上手な青年があって、神に頼まれて加勢をして、しまいに赤城の神をおい退けた。その戦をした広野を戦場が原といい、血は流れて赤沼となったともいっております。誰が聞いても、ほんとうとは思われない話ですが、以前は日光の方ではこれを信じていたと見えて、後世になるまで、毎年正月の四日の日に、武射ぶしゃ祭りと称して神主が山に登り赤城山の方に向って矢を射放つ儀式がありました。その矢が赤城山に届いて明神の社の扉に立つと、氏子たちは矢抜きの餅というのを供えて、扉の矢を抜いてお祭りをするそうだなどといっておりましたが、果してそのようなことがあったものかどうか。赤城の方の話はまだわかりません。(二荒山神伝。日光山名跡志等)
 しかし少くとも赤城山の周囲においても、この山が日光と仲が悪かったこと、それから大昔神戦があって、赤城山が負けて怪我をなされたことなどをいい伝えております。利根郡老神おいがみの温泉なども、今では老神という字を書いていますが、もとは赤城の神が合戦に負けて、逃げてここまで来られた故に、追神ということになったともいいました。上野こうずけ志。群馬県利根郡東村老神)
 それからまた赤城明神の氏子だけは、決して日光にはまいらなかったそうであります。赤城の人が登って来ると必ず山が荒れると、日光ではいっておりました。東京でも牛込うしごめはもと上州の人の開いた土地で、そこには赤城山の神を祀った古くからの赤城神社がありました。この牛込には徳川氏の武士が多くその近くに住んで、赤城様の氏子になっていましたが、この人たちは日光に詣ることが出来なかったそうであります。もし何か役目があって、ぜひ行かなければならぬ時には、その前に氏神に理由を告げて、その間だけは氏子を離れ、築土つくどの八幡だの市谷いちがやの八幡だのの、仮の氏子になってから出かけたということであります。(十方庵遊歴雑記)
 奥州津軽の岩木山の神様は、丹後国の人が非常にお嫌いだということで、知らずに来た場合でも必ず災がありました。昔は海が荒れたり悪い陽気の続く時には、もしや丹後の者が入り込んではいないかと、宿屋や港の船を片端からしらべたそうであります。これはこの山の神がまだ人間の美しいお姫様であった頃に、丹後の由良ゆらという所でひどいめにあったことがあったから、そのお怒が深いのだといっておりました。(東遊雑記その他)
 信州松本の深志ふかしの天神様の氏子たちは、島内村の人と縁組みをすることを避けました。それは天神は菅原道真すがわらのみちざねであり、島内村の氏神たけの宮は、その競争者の藤原時平ときひらを祀っているからだということで、嫁婿ばかりでなく、奉公に来た者でも、この村の者は永らくいることが出来なかったそうであります。(郷土研究二編。長野県東筑摩ひがしちくま郡島内村)
 時平を神に祀ったというお社は、また下野しもつけ古江ふるえ村にもありました。これも隣りの黒袴くろばかまという村に、菅公かんこうを祀った鎮守の社があって、前からその村と仲が悪かったゆえに、こういう想像をしたのではないかと思います。この二つの村では、男女の縁を結ぶと、必ず末がよくないといっていたのみならず。古江の方では庭に梅の木を植えず、またふすま屏風びょうぶの絵に梅を描かせず、衣服の紋様にも染めなかったということであります。安蘇あそ史。栃木県安蘇郡犬伏いぬぶし町黒袴)
 下総の酒々井しすい大和田というあたりでも、よほど広い区域にわたって、もとは一箇所も天満宮を祀っていませんでした。その理由は鎮守の社が藤原時平で、天神の敵であるからだといいましたが、どうして時平大臣を祀るようになったかは、まだ説明せられてはおりません。(津村氏譚海たんかい。千葉県印旛いんば郡酒々井町)
 丹波の黒岡という村は、もと時平公の領分であって、そこには時平屋敷しへいやしきがあり、その子孫の者が住んでいたことがあるといっていました。それはたしかな話でもなかったようですが、この村でも天神を祀ることが出来ず、たまたま画像えぞうをもって来る者があると、必ず旋風つむじかぜが起ってその画像を空に巻き上げ、どこへか行ってしまうといい伝えておりました。(広益俗説弁遺篇。兵庫県多紀たき郡城北村)
 何か昔から、天神様を祀ることの出来ないわけがあって、それがもう不明になっているのであります。それだから村に社があれば藤原時平のように、生前菅原道真と仲が悪かった人の、社であるように想像したものかと思います。鳥取市の近くにも天神を祀らぬ村がありましたが、そこには一つの古塚があって、それを時平公の墓だといっておりました。こんな所に墓があるはずはないから、やはり後になって誰かが考え出したのであります。(遠碧軒記。鳥取県岩美郡)
 しかし天神と仲が善くないといった社は他にもありました。例えば京都では伏見ふしみ稲荷いなりは、北野の天神と仲が悪く、北野に参ったと同じ日に、稲荷の社に参詣してはならぬといっていたそうであります。その理由として説明せられていたのは、今聞くとおかしいような昔話でありました。昔は三十番神といって京の周囲の神々が、毎月日をきめて禁中の守護をしておられた。菅原道真の霊がらいになって、御所の近くに来てあばれた日は、ちょうど稲荷大明神が当番であって、雲に乗って現れてこれを防ぎ、十分にその威力を振わせなかった。それゆえに神に祀られて後まで、まだ北野の天神は稲荷社に対して、怒っていられるのだというのでありますが、これももちろん後の人がいい始めたことに相違ありません。(渓嵐拾葉集。載恩記等)
あるいはまた天神様と御大師様とは、仲が悪いという話もありました。大師の縁日に雨が降れば、天神の祀りの日は天気がよい。二十一日がもし晴天ならば、二十五日は必ず雨天で、どちらかに勝ち負けがあるということを、京でも他の田舎でもよくいっております。東京では虎の門の金毘羅様こんぴらさまと、蠣殻町かきがらちょう水天宮すいてんぐう様とが競争者で、一方の縁日がお天気なら他の一方は大抵雨が降るといいますが、たといそんなはずはなくても、なんだかそういう気がするのは、多分は隣り同士の二箇所の社が、互に相手にかまわずには、ひとりで繁昌することが出来ぬように、考えられていた結果であろうと思います。
 だから昔の人は氏神といって、殊に自分の土地の神様を大切にしておりました。人がだんだん遠く離れたところまで、お参りをするようになっても、信心をする神仏は土地によって定まり、どこへ行って拝んでもよいというわけには行かなかったようであります。同じ一つの神様であっても、一方では栄え他の一方では衰えることがあったのは、つまりは拝む人たちの競争であります。京都では鞍馬くらま毘沙門様びしゃもんさまへ参る路に、今一つ野中村の毘沙門堂があって、もとはこれを福惜しみの毘沙門などといっておりました。せっかく鞍馬に詣って授かって来た福を、惜しんで奪い返されるといって、鞍馬参詣の人はこの堂を拝まぬのみか、わざと避けて東の方の脇路を通るようにしていたといいます。同じ福の神でも祀ってある場所がちがうと、もう両方へ詣ることは出来なかったのを見ると、仲の善くないのは神様ではなくて、やはり山と山との背競べのように、土地を愛する人たちの負け嫌いが元でありました。松尾のお社なども境内に熊野石があって、ここに熊野の神様がお降りなされたという話があり、以前はそのお祭りをしていたかと思うにもかかわらず、ここの氏子は紀州の熊野へ参ってはならぬということになっていました。それから熊野の人もけっして松尾へは参って来なかったそうで、このいましめを破ると必ずたたりがありました。これなども多分双方の信仰が似ていたために、かえって二心を憎まれることになったものであろうと思います。(都名所図会拾遺。日次ひなみ記事)
 どうして神様に仲が悪いというような話があり、お参りすればたたりを受けるという者が出来たのか。それがだんだんわからなくなって、人は歴史をもってその理由を説明しようとするようになりました。例えば横山という苗字の人は、常陸の金砂山かなさやまに登ることが出来ない。それは昔佐竹氏の先祖がこの山に籠城ろうじょうしていた時に、武蔵の横山党の人たちが攻めて来て、城の主が没落することになったからだといっていますが、この時に鎌倉将軍の命をうけて、従軍した武士はたくさんありました。横山氏ばかりがいつまでもにくまれるわけはないから、これには何か他の原因があったのであります。(楓軒雑記。茨城県久慈くじ郡金砂村)
 東京では神田かんだ明神のお祭りに、佐野氏の者が出て来ると必ずわざわいがあったといいました。神田明神では平将門たいらのまさかどの霊を祀り、佐野はその将門を攻めほろぼした俵藤太秀郷たわらとうたひでさと後裔こうえいだからというのであります。下総成田しもうさなりたの不動様は、秀郷の守り仏であったという話でありますが、東京の近くの柏木かしわぎという村の者は、けっして成田には参詣しなかったそうであります。それは柏木の氏神よろい大明神が、やはり平将門の鎧を御神体としているといういい伝えがあったからであります。(共古日録。東京府豊多摩とよたま郡淀橋町柏木)
 信州では諏訪の附近に、守屋という苗字の家がたくさんにありますが、この家の者は善光寺にお詣りしてはいけないといっておりました。強いて参詣すると災難があるなどともいいました。それはこの家が物部守屋連もののべのもりやのむらじの子孫であって、善光寺の御本尊を難波なにわ堀江に流し捨てさせた発頭人ほっとうにんだからというのでありますが、これも恐らくは後になって想像したことで、守屋氏はもと諏訪の明神に仕えていた家であるゆえに、他の神仏を信心しなかったまでであろうと思います。(松屋筆記五十。長野県長野市)
 天神のお社と競争した隣りの村の氏神を、藤原時平を祀るといったのは妙な間違いですが、これとよく似た例はまた山々の背くらべの話にもありました。富士と仲の悪い伊豆の雲見の山の神を、磐長媛であろうという人があると、一方富士の方ではその御妹の、木花開耶媛を祀るということになりました。どちらが早くいい始めたかはわかりませんが、とにかくにこの二人の姫神は姉妹で、一方は美しく一方はみにくく、嫉みからお争いがあったように、古い歴史には書いてあるので、こういう想像が起ったのであります。伊勢と大和の国境の高見山という高い山は、吉野川の川下の方から見ると、多武峰とうのみねという山と背くらべをしているように見えますが、その多武峰には昔から、藤原鎌足ふじわらのかまたりを祀っておりますゆえに、高見山の方には蘇我入鹿そがのいるかが祀ってあるというようになりました。入鹿をこのような山の中に、祀って置くはずはないのですが、この山に登る人たちは多武峰の話をすることが出来なかったばかりでなく、鎌足のことを思い出すからといって、鎌を持って登ることさえもいましめられておりました。そのいましめを破って鎌を持って行くと、必ず怪我をするといい、または山鳴りがするといっておりました。(即事考。奈良県吉野郡高見村)
 この高見山の麓を通って、伊勢の方へ越えて行く峠路の脇に、二丈もあるかと思う大岩が一つありますが、土地の人の話では、昔この山が多武峰と喧嘩をして負けた時に、山の頭が飛んでここに落ちたのだといっております。そうして見ると蘇我入鹿を祀るよりも前から、もう山と山との争いはあったので、その争いに負けた方の山の頭が、飛んだという点も羽後うご飛島とびしま、或は常陸の石那阪の山の岩などと、同様であったのであります。どうしてこんな伝説がそこにもここにもあるのか。そのわけはまだくわしく説明することが出来ませんが、ことによると負けるには負けたけれども、それは武蔵坊弁慶が牛若丸だけに降参したようなもので、負けた方も決して平凡な山ではなかったと、考えていた人が多かった為かも知れません。ともかくも山と山との背くらべは、いつでも至って際どい勝ち負けでありました。それだから人は二等になった山をも軽蔑けいべつしなかったのであります。日向ひゅうがの飯野郷というところでは、高さ五ひろほどの岩が野原の真中にあって、それを立石たていし権現と名づけて拝んでおりました。そこから遠くに見える狗留孫山くるそざんの絶頂に、卒都婆そとば石、観音石という二つの大岩が並んでいて、昔はその高さが二つ全く同じであったのが、後に観音石の頸が折れて、神力をもって飛んでこの野に来て立った。それ故に今では低くなりましたけれども、人はかえってこの観音石の頭を拝んでいるのであります。(三国名所図会。宮崎県西諸県もろかた郡飯野村原田)
 肥後の山鹿やまがでは下宮の彦嶽ひこだけ権現の山と、蒲生がもうの不動岩とは兄弟であったといっております。権現は継子ままこで母が大豆ばかり食べさせ、不動は実子だから小豆を食べさせていました。後にこの兄弟の山が綱を首に掛けて首引きをした時に、権現山は大豆を食べていたので力が強く、小豆で養われた不動岩は負けてしまって、首をひき切られて久原くばらという村にその首が落ちたといって、今でもそこには首岩という岩が立っています。ゆるだけという岩はそのまん中に立っていて、首ひきの綱に引っ掛かってゆるいだから揺嶽、山に二筋のくぼんだところがあって、そこだけ草木の生えないのを、綱ですられたあとだといい、小豆ばかり食べていたという不動の首岩の近くでは、今でもそのために土の色が赤いのだというそうであります。(肥後国志等。熊本県鹿本かもと郡三玉村)

柳田國男「日本の伝説」青空文庫より
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2018年03月29日

ペン銀舎から【占い方のページ】を作成しました

ペンギンタロットを使用した、占い方のページ。
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占い方☆過去・現在・未来を表わす3枚のカード 


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占い方☆ギリシャ十字法



円占い☆ 周辺に対する感覚が鍛錬されます。入門編としてもお試しください。
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1. 質問者(自身本人の可能性、体質、姿勢)、
2. 金運(金銭、所有物、収入、損失)、
3. 知恵(知性、旅、通信、コミュニケーション)、
4. 家庭(家庭、愛情 、住居)、
5. 恋愛(娯楽、恋愛、芸術)、
6. 仕事(仕事、健康)、
7. 結婚(結婚、パートナー)、
8. 誕生と死(死、遺産、セックス、誕生)、
9. 精神(旅行、思想)、
10. 地位(職業、社会的地位)、
11. 仲間(友達、グループ)、
12. 障害(障害、秘密)、
13. 最終予想
(表示されたカードを集約した上での結末)

占い方☆ケルト法


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携帯からペン銀舎のタロット占い方など、手軽に検索できます。
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2018年03月06日

鳥類のいる広場

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2018年01月01日

明けましておめでとうございます。

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2017年09月28日

ペンギンは脚が長い


「ふしょ骨」を含む、かかとから下の部分が主に体から出ているため、鳥の「足」として認識されやすいといいます。
「ふしょ骨が短いと、『足が短い』と思われることがあるのでは」と分析します。
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ペンギンは、寒い地域に生息しているため、熱を逃がさないように体が丸い形に近付いてきました。その際に、末端は短い方が熱を逃がしにくいため、「ふしょ骨」が短くなったそうです。


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2017年08月26日

地面に素足をつけると、ストレスホルモンのリズムが正常化

医学誌『Journal of Environmental and Public Health / 環境と健康ジャーナル)』に発表された研究論文『アーシング:人体を地球の表面電子に接続することでの健康への影響について』は、裸足で地面にふれるだけで、様々な慢性変性疾患、慢性ストレス、統合失調症、炎症、痛み、睡眠不足、心拍変動障害に対して、自然かつ「非常に効果的な環境戦略」であると記している。

「運動中のアーシング(地面に素足で立つ)は、タンパク質代謝に影響を与え、窒素バランスが陽性となる。この現象は、人間の代謝過程を理解する上で根本的に重要であり、アスリートのためのトレーニングプログラムに含めることができる。」

「運動中のアーシング(地面に素足で立つ)は、タンパク質代謝に影響を与え、窒素バランスが陽性となる。この現象は、人間の代謝過程を理解する上で根本的に重要であり、アスリートのためのトレーニングプログラムに含めることができる」

「アーシングは、赤み、熱、腫れ、痛み、機能喪失をもたらす傷害後の炎症の基調的な徴候を軽減または防止する。

痛みを伴う慢性炎症の迅速な解消は、医療用赤外線イメージングを使用した 20件の事例研究で確認された。

我々の主な仮説は、身体が地面に直接ふれることにより、地表の表面から放出される自由電子が身体の表面および体内に広がり、そこで抗酸化作用を有することができるということである。

具体的には、移動性電子が傷害修復領域の周囲に抗酸化微小環境を作り、活性酸素種(ROS)が健康な組織に副次的損傷を引き起こしたり形成されることを予防または低減するということだ。

我々はまた、地面からの電子が、小さな炎症や症状のない炎症を予防、または解消できると仮定している。」

医学博士のヨゼフ・マーコラ(Jospeh Mercola)氏「素足を地面につけるという簡単なプロセスは、私たちが知る最も強力な抗酸化物質のひとつだと言えます。アーシングは痛みを和らげ、炎症を軽減し、睡眠を改善し、幸福感を増強する他に多くが示されています。しかし、残念ながら、先進国に住む多くの人たちは、もはや素足で地面に立つことはほとんどありません」。

地面に素足をつけると、ストレスホルモンであるコルチゾールの日内リズムが正常化し始めることもわかっている。コルチゾールは私たちの体のストレス反応と関連しており、血糖値をコントロールし、代謝を調節し、炎症を軽減し、記憶を助ける。

http://indeep.jp/studies-show-what-grounding-or-earthing-will-give-to-the-human-body/「地面に裸足で立つこと」についての驚くべき体と健康への効用を示す数々の医学論文と学術論文から見る結論は「可能な限りやるべき」より

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2017年04月12日

生命の樹

  カバラに記されている生命の樹生命の樹(せいめいのき、Tree of Life)は、旧約聖書の創世記(2章9節以降)にエデンの園の中央に植えられた木。命の木とも訳される。カバラではセフィロトの木 (Sephirothic tree) という。

「禁止命令を無視して」知恵の樹の実を食べた人間が、生命の樹の実も食べるのではないか、と日本では主なる神と訳されているヤハウェ・エロヒム(エールの複数形)が恐れてアダムとイヴを追放することに決めたとされる。


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[] セフィロトの樹
セフィロトの樹は、神秘思想のカバラにおいてさまざまな解釈がなされ、近代以降の西洋魔術、特に黄金の夜明け団などでは生命の樹をタロットカードと結びつけての研究が行われていたことでも有名である。10個のセフィラと22個の小径(パス)を体系化した図も同じく「生命の樹」と呼ばれる。

[] アインとアイン・ソフとアイン・ソフ・アウル [Ain Soph Aur]
アインは無と訳され、0で表される。
アイン・ソフは無限と訳され、00で表される。
アイン・ソフ・アウルは無限光と訳され、000で表される。アイン・ソフ・アウルと表記されることもある。
アインからアイン・ソフが生じ、アイン・ソフからアイン・ソフ・アウルが生じた。

[] 10個のセフィラとダアト


図の天頂の白丸のセフィラ(ケテル)から右下の灰色丸(コクマー)、左の黒丸(ビナー)、右下の青丸(ケセド)、左の赤丸(ゲブラー)、右下の黄丸(全体の中央でティフェレト)、右下の緑丸(ネツァク)、左の橙丸(ホド)、右下の紫丸(イェソド)を経て、いわゆる、ジグザグに進み、最終の虹色丸(マルクト)のセフィラへと至る。尚、第3から第4のセフィラの間に隠されたダアト(右図では点線丸)というセフィラがある。

ケテル(Kether、王冠と訳される)


第1のセフィラ。思考や創造を司る。数字は1、色は白、宝石はダイアモンドを象徴する。惑星は海王星を象徴し、王の横顔で表される。神名はエヘイエー。守護天使はメタトロンである。同時に最後の剣として称されるマルクトと通じ合っている。
コクマー(Cochma、知恵と訳される)
第2のセフィラ。数字は2、色は灰色、宝石はトルコ石を象徴する。惑星は天王星を象徴し、至高の父と呼ばれ、男性原理を象徴する。神名はヨッド。守護天使はラツィエルである。
ビナー(Binah、理解と訳される)
第3のセフィラ。数字は3、色は黒、宝石は真珠、金属は鉛、惑星は土星を象徴する。至高の母と呼ばれ、女性原理を象徴する。成熟した女性で表される。神名はエロヒムである。守護天使はザフキエルである。
ケセド(Chesed、慈悲と訳される)
第4のセフィラ。ケセドはゲドゥラーとも呼ばれる。数字は4、色は青、金属は錫、図形は正四面体、宝石はサファイア、惑星は木星を象徴する。王座に座った王で表される。神名はエル。守護天使はザドキエルである。
ゲブラー(Geburah、峻厳と訳される)
第5のセフィラ。数字は5、色は赤、図形は五角形、金属は鉄、宝石はルビー、惑星は火星を象徴する。天空の外科医と呼ばれることもある。神名はエロヒム・ギボールである。守護天使はカマエルである。
ティファレト(Tiphereth、美と訳される)
第6のセフィラ。生命の樹の中心に位置している。数字は6、色は黄、金属は金、惑星は太陽(太陽も惑星と見なす)を象徴する。神名はエロハ。守護天使はミカエルである。
ネツァク(Netzach、勝利と訳される)
第7のセフィラ。数字は7、色は緑、金属は銅、宝石はエメラルド、惑星は金星を象徴する。全裸の女性で表される。神名はアドナイ・ツァオバト。守護天使はハニエルである。
ホド(Hod、栄光と訳される)
第8のセフィラ。数字は8、色は橙色、金属は水銀、惑星は水星を象徴する。神名はエロヒム・ツァオバト。守護天使はラファエルである。
イェソド(Iesod、基礎と訳される)
第9のセフィラ。アストラル界を表す。数字は9、色は紫、金属は銀、惑星は月(月も惑星と見なす)を象徴する。裸の男性で表される。神名はシャダイ・エル・カイ。守護天使はガブリエルである。
マルクト(Malchut、王国と訳される)
第10のセフィラ。物質的世界を表す。数字は10、色はレモン色・オリーブ色・小豆色・黒の四色、宝石は水晶、惑星は地球を象徴する。王座に座った若い女性で表される。神名はアドナイ・メレク。守護天使はサンダルフォンである。
ダアト(Daath、知識と訳される)
隠れたセフィラ。ダートと表記されることもある。通常、知識と訳される。他のセフィラとは次元が異なる。ダアトは生命の樹の深淵の上に存在する。


[] 22個の小径(パス)
右に記載しているのは、対応する大アルカナ。

アレフ (ケテル → コクマー)愚者
ベート (ケテル → ビナー)魔術師
ギーメル (ケテル → ティファレト)女教皇
ダレット (コクマ → ビナー)女帝
ヘー (コクマー → ティファレト)皇帝
ヴァヴ (コクマ → ケセド)教皇
ザイン (ビナー → ティファレト)恋人
ヘット (ビナー → ゲブラー)戦車
テット (ケセド → ゲブラー)力
ヨッド (ケセド → ティファレト)隠者
カフ (ケセド → ネツァク)運命の輪
ラメド (ゲブラー → ティファレト)正義
メム (ゲブラー → ホド)吊るされた男
ヌン (ティファレト → ネツァク)死神
サメフ (ティファレト → イェソド)節制
アイン (ティファレト → ホド)悪魔
ペー (ネツァク → ホド)塔
ツァディー (ネツァク → イェソド)星
コフ (ネツァク → マルクト)月
レーシュ (ホド → イェソド)太陽
シン (ホド → マルクト)審判
タヴ (イェソド → マルクト)世界


[] 3つの柱
ビナー、ゲブラー、ホドからなる左の柱は峻厳の柱と呼ばれる。
コクマー、ケセド、ネツァクからなる右の柱は慈悲の柱と呼ばれる。
ケテル、ティファレト、イェソド、マルクトからなる中央の柱は均衡の柱と呼ばれる。

[] 3つ組
ケテル、コクマー、ビナーからなる三角形は至高の三角形と呼ばれる。ロゴスの三角形と呼ばれることもある。
ケセド、ゲブラー、ティファレトからなる三角形は倫理的三角形と呼ばれる。
ネツァク、ホド、イェソドからなる三角形は星幽的三角形と呼ばれる。魔術的三角形と呼ばれることもある。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



TAROT 基本
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/photos/penguintarot/index.html


TAROT 「アルカナ」とは、ラテン語で「秘密」「神秘」などを意味する、arcanumの複数形。タロットカードを指す言葉として「タロット」という呼称が定着するまでは、ラテン語の「トライアンフ(Toriumph)」が使用されていた。このトライアンフは「切り札」を意味する「トランプ」の語源として考えられている。

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2015年11月06日

自然界の秘めるパワーを感じる紅葉。

春の花見と秋の紅葉狩りでは、自然界の壮大な色合いの変化に目をうばわれます。
紅葉には赤くなる葉と黄色になる葉があります。
葉の中に緑色と黄色の物質があり緑色の勢力のバランスによるものです。活動を抑え、葉で養分をつくる必要がなくなると緑色の物質が分解されていきます。葉には黄色の物質だけが残り黄色に紅葉するというメカニズムです。


空気の澄んだ冷え込みの厳しい山あいでは、美しく紅葉するための条件がそろっています。
京都や奈良なども朝晩の冷え込みが厳ししく、紅葉スポットの多いのはこのためです。
山に行くと、きれいな空気、木々の香り、小川のせせらぎ、小鳥のさえずりなど心地のいいものがたくさんあります。普段はあまり意識しない山々が見せる、赤から黄色の壮大なグラデーションは心に感動を与えてくれます。


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自然界の秘めるパワーを感じる紅葉。
目から入ってくる光は、視神経を通って脳に伝達されます。これにより身体のさまざまな器官が反応してホルモン分泌が行われているわけです。自然界の色彩を見ることで心と体に大きな影響を受けるのです。赤は太陽や血液の色ということで、古代から生命力や不老長寿のシンボルにもされています。
植物のパワーを直接感じられる紅葉の赤い葉には、邪気を払う力があると言われます。沢山の紅葉が楽しめるところであれば効果は絶大で、年に一度の紅葉効果の季節を堪能されることをおすすめいたします。そして自然界の贈り物をゆったりと味わう時間は穏やかな気持ちになれます。
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2014年04月18日

地球の意識生命上昇サポート 

多くの書店にある多くの本に描かれる多くの物語は、
一人称によるものがほとんどである。
@ 場面の情景や人物の気持ちが伝わる音読による表現
A 題名や台詞について考えること 
B 登場人物と中心人物との違いについて理解
C 作者と語り手の区別
D 出来事の発端・終わり・結び考える
E 起承転結の山場を捉える
F 人物のはじめとおわりの変化を捉える
G 描写や効果的な比喩・擬人法・反復・対比・類比・倒置法・文末表現を理解する
H 以上のことを表現として生かすために、関連した情報を多角的に把握する

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相手や集団や国からの想いによる視点より思考されるケースは少ない。
 作劇を無視する方法により、何が生まれていくか其れは解るはずである。
どんどん本やTVや映画からあふれる娯楽のドラマは、一人称で語られるストーリーが圧倒的に多くなる。ニ人称、三人称を分別されるような文体が読み分けるられる人口が減少しているという。

(そして戦うことの物語が正当化されるベースが育っていく仕組みになる)
頭脳の爬虫類化はすすんでいくのだった。
 地球の意識生命上昇サポート 
http://now.ohah.net/pari/demae/ET_message.html
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◇「ペンギンタロット」について http://koinu.cside.com/
◇ペンギンタロット21+0の原画の図案
◇大アルカナ22枚組1セット・解説書付

I 奇術師 II 女教皇 III 女帝 IV 皇帝 V 教皇 VI 恋人 VII 戦車  VIII 正義 IX 隠者 X 運命の輪 XI 力XII 吊された男  XIII 死神  XIV 節制 XV 悪魔  XVI 塔 XVII 星 XVIII 月 XIX 太陽 XX 審判 XXI 世界 0 愚者

◇タロットの意味と占い方など独自にページを展開 http://koinu.cside.com/ 
「ペンギンタロット」http://pentacle.jp/?pid=108373260
オリジナルの日本語解説紙付き。限定800部、パッケージ内側部分にはシリアルナンバーが記載されています。
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2014年03月24日

人間は未完のものである。

その未完性において完全でありうるが。それゆえ人間は詩を、イメージを作り、その中で、決して十全には成就されることはないが、自分自身を完全に表現しようとするのである。

彼自身が詩である――彼は常に、完全な存在となる継続的な可能性の中に置かれた存在であり、そうすることによって、自らの未完性の中で自らを成就しているのである。

オクタビオ・パス『弓と竪琴』より

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