2020年09月23日

名短篇アンソロジーはリーディング訓練に

 『名短篇、ここにあり』  

北村 薫と宮部 みゆき 共同編集


本の目利き二人の議論沸騰し、迷い、悩み、選び抜かれたとっておきのお薦め短篇12篇。半村良「となりの宇宙人」、黒井千次「冷たい仕事」、小松左京「むかしばなし」、城山三郎「隠し芸の男」、吉村昭「少女架刑」、吉行淳之介「あしたの夕刊」、山口瞳「穴」、多岐川恭「網」、戸板康二「少年探偵」など、意外な作家の意外な逸品、胸に残る名作をお楽しみ下さい。文庫オリジナル。


【目次】

となりの宇宙人(半村良)

冷たい仕事(黒井千次)

むかしばなし(小松左京)

隠し芸の男(城山三郎)

少女架刑(吉村昭)

あしたの夕刊(吉行淳之介)

穴―考える人たち(山口瞳)

網(多岐川恭)

少年探偵(戸板康二)

誤訳(松本清張)

考える人(井上靖)

鬼(円地文子)

 


 『名短篇、さらにあり』

『名短篇、ここにあり』では収録しきれなかった数々の名作。人間の愚かさ、不気味さ、人情が詰った奇妙な12の世界。舟橋聖一「華燭」、永井龍男「出口入口」、林芙美子「骨」、久生十蘭「雲の小径」、十和田操「押入の中の鏡花先生」、川口松太郎「不動図」、吉屋信子「鬼火」、内田百けん「とほぼえ」、岡本かの子「家霊」、岩野泡鳴「ぼんち」など。文庫オリジナルでご堪能下さい。


【目次】

華燭(舟橋聖一)

出口入口(永井龍男)

骨(林芙美子)

雲の小径(久生十蘭)

押入の中の鏡花先生(十和田操)

不動図(川口松太郎)

紅梅振袖(川口松太郎)

鬼火(吉屋信子)

とほぼえ(内田百閨j

家霊(岡本かの子)

ぼんち(岩野泡鳴)

ある女の生涯(島崎藤村)



 『名短篇、ほりだしもの』

「過呼吸になりそうなほど怖かった!」と宮部みゆきが思わず口にした、ほりだしものの名短篇!宮沢章夫「だめに向かって」、片岡義男「吹いていく風のバラッド」、内田百けん「亀鳴くや」、久野豊彦「虎に化ける」、伊藤人譽「穴の底」、織田作之助「天衣無縫」など、目利き二人を震わせた短篇が勢揃い。


【目次】

だめに向かって(宮沢章夫)

探さないでください(宮沢章夫)

「吹いていく風のバラッド」より『12』『16』(片岡義男)

日曜日のホテルの電話(中村正常)

幸福な結婚(中村正常)

三人のウルトラ・マダム(中村正常)

「剃刀日記」より『序』『蝶』『炭』『薔薇』『指輪』(石川桂郎)

少年(石川桂郎)

カルメン(芥川龍之介)

イヅク川(志賀直哉)

亀鳴くや(内田百閨j

小坪の漁師(里見とん)

虎に化ける(久野豊彦)

中村遊郭(尾崎士郎)

穴の底(伊藤人譽)

落ちてくる!(伊藤人譽)

探し人(織田作之助)

人情噺(織田作之助)

天衣無縫(織田作之助)


短編アンソロジーは速読への鍛練ともなり、ホォーマットどおりの人生はありません。

posted by pengiin at 15:00| 東京 ☔| Comment(0) | 図書と文庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月18日

『占いはなぜ当たるのですか』鏡リュウジ

「理屈で考えれば占いなど当たるはずがありません。 しかし、 現実には僕自身、 占いは有効であるとどこかで感じていますし、 この社会の中で占いは少なからぬプレゼンスを示しています。 」(あとがきより)

☆目次
⇒序章 占星術という不思議な営み
⇒第1章 占星術のシクミ
⇒第2章 占星術を科学する
⇒第3章 心理学と占星術
⇒第4章 神々との語らいとしての占星術
⇒『占いはなぜ当たるのですか』以降の鏡リュウジを知るために
⇒補遺 「占星術は占いか?」ジェフリー・コーネリアス
⇒解説 「世界」から「世界体験」へ 社会学者 宮台真司
⇒新装版へのあとがき


鏡リュウジ
翻訳家・心理西洋占星術研究家
1968年京都生まれ。 国際基督教大学大学院修了。 英国占星術協会会員。 著書に『鏡リュウジの占い入門シリーズ』、 『ソウルフルタロット』、 『ユング・タロット』、 『鏡リュウジの占い大事典』(以上、 説話社)、 『星のワークブック』(講談社)、 『占星綺想』(青土社)、 『はじめてのタロット』(集英社)、 訳書に『魂のコード』(河出書房新社)、 『占星学』(青土社)、 『鏡リュウジの占星術の教科書 I・II』(原書房)など多数。 
鏡リュウジ公式サイト「BETWEEN THE WORLDS」 http://ryuji.tv/ 
posted by pengiin at 15:00| 東京 ☀| Comment(0) | 図書と文庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月16日

権利について

「政治の幅はつねに生活の幅より狭い。本来生活に支えられているところの政治が、にもかかわらず、屡々、生活を支配しているとひとびとから錯覚されるのは、それが黒い死をもたらす権力をもっているからにほかならない。一瞬の死が百年の生を脅し得る秘密を知って以来、数千年にわたって、嘗て、一度たりとも、政治がその掌のなかから死を手放したことはない」

(埴谷雄高『幻視のなかの政治』より)


 

「恐らく歴史のなかで、いまだ嘗て、ひとつの党内でこれほど多くのみ敵対がつくりだされた例はまだ一度もなかった。中世期のヨーロッパ全土に黒死病が名状しがたい恐怖をひきつれて横行したごとく、ほとんど理解しがたい死に方をも含めた、凄まじい死は党内の隈々まで徘徊した《やつは敵だ。やつを殺せ。》という古い政治の公式が毎日何処かの暗い隅で叫ばれ、曠野のなかの深い穴へ葬むられる黒死病の屍体に近いほど数多い無惨な死の顔が絶えずそこで眺められたが、さて、そのとき、《敵》とは何かについて真塾に考えつめたものがひとりもなかったとは、驚くべきことである。」

 (埴谷雄高「敵と味方」)

posted by pengiin at 15:00| 東京 ☁| Comment(0) | 図書と文庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月12日

『変愛小説集』日本作家編 (講談社文庫)

今最も注目される翻訳家の岸本佐知子氏が「変な愛」を描いた小説を訳出した英米文学アンソロジー『変愛小説集』は各紙誌で大絶賛され人気シリーズとなる。

そして『変愛小説集』待望の日本版が登場。


「変愛は純愛。そういう目であらためて見まわしてみると、海外の作品のみならず、日本の作品にも、すばらしい変愛小説がたくさんあることに気がつき」、「ここ日本こそが世界のヘンアイの首都であると思え」たという岸本氏が選んだ、現代の12人の恋愛小説の名手による、変てこだったりグロテスクだったり極端だったりする、究極に純度の高い愛のアンソロジー。


4EEE1663-B360-4CD2-B058-97F404599643.jpeg

【収録作品】

形見 川上弘美

韋駄天どこまでも 多和田葉子

藁の夫 本谷有希子

トリプル 村田沙耶香

ほくろ毛 吉田知子

逆毛のトメ 深堀 骨

天使たちの野合 木下古栗

カウンターイルミネーション 安藤桃子

梯子の上から世界は何度だって生まれ変わる 吉田篤弘

男鹿 小池昌代

クエルボ 星野智幸

ニューヨーク、ニューヨーク 津島佑子

posted by pengiin at 23:00| 東京 ☔| Comment(0) | 図書と文庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月10日

バイロン卿の予言

最良なる未来の予言者は、過去なり。


The best prophet of the future is the past.



イギリス男爵のバイロン卿(Lord Byron)。

ロマン派の代表的詩人であり、ゲーテに「今世紀最大の天才」と賞賛される。奔放な女性遍歴、ギリシア独立運動への参加など波瀾の生涯を送るも熱病のため36歳で死去。


6EEA6FF8-715A-409E-B451-3413853E3D30.jpeg
posted by pengiin at 14:00| 東京 ☀| Comment(0) | 図書と文庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月02日

人生は一冊の書物によく似ている

「この世界は、大勢の人に愛読される絵本のようなものである。ページをめくって一つ一つの絵を楽しむが、原文の一行もみんな読みはしない。」

F67E3EF6-6107-46DB-B6E9-2927435CFBF9.jpeg

「人生は一冊の書物によく似ている。愚かな者はそれをパラパラとめくっているが、賢い者はそれを念入りに読む。なぜなら彼は、ただ一度しかそれを読めないことを、知っているからだ。」 パウル・フォン・ハイゼ

1DC830EC-658D-40E5-BCE0-4A726B24FDBB.jpeg

Paul von Heyse1830 - 1914 

ドイツの作家。ベルリン生まれ。

大学で古典言語学を学び、22歳で学位を取得する。スイスイタリアで言語研究して、1854年ガイベルの招きでミュンヘンへと移り、詩人グループ「ミュンヘン派」の中心的存在となる。55「片意地娘」で作家となる。詩や小説、戯曲などの分野で活躍して短編小説「鷹の理論」を唱えた。

1884年シラー賞を受賞して、1910年ドイツ人として初めてのノーベル文学賞を受賞する。


posted by pengiin at 14:49| 東京 ☀| Comment(0) | 図書と文庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月28日

薔薇盗人 逆立ちして

たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか     


 たつぷりと真水を抱きてしづもれる昏き器を近江と言へり

  

 手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が


薔薇盗人 逆立ちしておまへがおれを眺めてた たつた一度きりのあの夏のこと  


(河野裕子『相聞歌』より)

14532E3B-75C1-4475-8A57-8049779CD8B7.jpeg
posted by pengiin at 15:00| 東京 ☀| Comment(0) | 図書と文庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月19日

アンリ・トロワイヤ『仮面の商人』

巨匠が描く三部構成の物語。第一部は、新人作家ヴァランタンの視点で描かれる。社交界とマスコミ、そして有名無名の作家、批評家たちがうごめくパリの人間模様もちろん上流夫人との恋愛も。しかし、十九世紀小説のような物語は、読者の予想を裏切る展開でいきなる幕を下ろす。そしてミステリの手法を取り入れた斬新な第二部が始まる。無名の作家は皮肉にも死後人気作家になっている。語り手は、甥のアドリアン。彼は叔父の評伝を書くために第一部の登場人物たちを訪ね歩き、天才作家の虚と実の間を揺れ動く。そして最後に、鮮烈な第三部が待ち受けている。 
3A2F94EF-E437-40B4-A212-A1831C505F44.jpeg

「流行作家たちは、何はともあれ、読者を不必要に驚かすのが一番よくないと、口を揃えて言う。ところが、ヴァランタン・サラゴスは、文学とは一種の爆発であらねばならぬと考えている。作家と名乗るからには、すべからく、ダイナマイトを仕掛ける者でなければならない、というのがヴァランタンの意見だ」(16ページ)


「この若者を同僚たちから区別するものはなんにもない。頭の中では、気違いじみた言葉の群れが、今も、しきりに馬跳びを続けているのだが」(19ページ)


「ヴァランタン・サラゴスは、いつものように、市役所前の停留所からバスに乗る。デッキに立っていると、バスの走行に伴う風が顔に激しくぶつかり、この瞬間、波を切り裂いて進む船の舳先に立っているような、あるいは熱気球の吊り籠に乗っているような、なんともいわれぬ野性的な喜びを感じる。バスの切符一枚の値段で、なんという冒険気分に浸れることだろう。駆け出しの作家として、バスの乗客を観察することさえ、ヴァランタンは忘れている」(22ページ)


「伝記において一人の人物を復元するには、その人物の高貴な部分のみならず、些細な欠陥にも触れ、天才的な特徴のみならず、人間的な弱点にも言及しなければならない」(166ページ)


「ほんの少しでも世間のしきたりに譲歩すると、ヴァランタンは自分が堕落したように感じるのだ。この若者の文学観によるなら、作家は自分の作品を作り上げるとき、商業的成功や不成功を気にかけてはいけない。本の売れ行きを確実なものにするための、さまざまな試みは、小心翼々たる商人にすぎない出版人の側では容認できるのだろうが、自由な創作者である作家は、信用を失墜するだけなのだ」(47ページ)


「二人の周囲で、人声が、がやがやと騒がしくなる。ガルディソン夫人が喜びの嘶きをあげる。フランソワ・モーリャックが、このサロンに到着したのだ。こうなると、もう、モーリャック、モーリャックで、大騒ぎだ」(66ページ)


ヴァランタン・サラゴスは自著の即売会という皮肉な状況に身を置かれる。全然世に認められない「呪われた詩人」を運命づけられている彼が、こんな加担させられるとは想像するだにおかしい。


「「これ、小説かしら」

 「ちがいます」と、ヴァランタン。

 「エッセー? 歴史上の人物についての」

 「それも、ちがいます」

 「じゃ、なんなの?」

 「叫び、です」

 婦人は本をテーブルに置き、不愉快そうな顔をして立ち去る。

 「小説だって、おっしゃればよかったのに!」と、若い娘は溜息をつく」(6869ページ)


「ここでは、芸術家と商人の混同が全面的に行われている。作家が購買者に本を直接売り込んだりしないのは当然だが、たいていの作家たちは、売り捌かれる本の部数が多いほど、その本には価値があると信じているらしい。ヴァランタンのような純粋な詩人は、ぜんぜん売れないことを誇りに思うしかない」(69ページ)


「連れられて行った場所は、ひまわりを描いた壁紙を張りめぐらしてある、広い、明るい部屋だった。部屋中にたくさんのテーブルが置かれ、肘掛けのあるのや、ないのや、さまざまな椅子がそれらのテーブルを取り囲み、そこにミイラの集団が坐っていた。まるで何かの不気味な見本のように、あらゆる年齢、あらゆる外観の老人たちが集まっている。皺と、義歯と、禿頭と、白髪の、大々的な祭典だ。人間の屑を搔き集めたような、この堆積は、どれだけの愛情に、野心に、憎しみに、希望に、服喪に、換算されるのだろう。私の印象では、ここはある種の港であって、すべての船はここで艤装を解かれ、腐敗するままに放置されているのだった。これらの漂流物の前では、自分が比較的若いことが恥ずかしくてたまらない」(174ページ)


「老人はお辞儀をし、その頭が胸に、がくんと垂れた。今までの短い会話で、へとへとになっていたのだ。ひょっとすると、もう、うつらうつらしていたのかもしれない。私は骨ばった手を握ってから、大股に歩いて、この墓場の待合室から立ち去った」(181ページ)


彼が出会う老人たちはたくましい人間ばかりで、第一部の悲劇的な様相は第二部には残しておらず、徹底的に喜劇的な展開となっている。


「出版界での最後の成功を夢みている、この九十二歳の老人には、何かしら不思議で、同時にグロテスクなところがある。しかし、棺桶に片足を突っ込んだ段階にあって、なおかつ、自分の駄作が読者にどう受け入れられるかを気にかけるのは、作家としては当然のことなのだろうか」(179ページ)


「この女だって二十歳の頃には、ほっそりしていて魅力的だったのだと、そこまで思い至るためには、よほどの努力が必要だ。容赦ない時の経過は、私を恐怖でいっぱいにした」(195ページ)


「いくら伝記を書くには事実が必要だからといって、こんなふうに人間の奥底の秘密を冒すことが許されるものだろうか。若い頃、叔父と寝たことがあるというだけの理由で、年老いた婦人を裸にする、どんな権利が私にあるだろう」(160ページ)


「私は仮面を商う者になったような気がする。四分の三は消えかけているヴァランタン・サラゴスの顔に、どれが似合うだろうかと、いろんな仮面を次から次へと宛てがっている」(171ページ)


「そして自分に言い聞かせる。誠実に、必要な場合には大胆に、ヴァランタン・サラゴスの伝記を書くことができるのは、ヴァランタン・サラゴス本人だけなのだ、と。そして、つまるところ、こんなふうに凝ってばかりいては、何もかも駄目にしてしまう危険がある」(210ページ)


この物語は終始パリを舞台にしているが、登場人物のひとりエミリエンヌは、テルヌ大通りとワグラム大通りのすぐ近く、ベヤン通りに住んでいる。


【あとがき】

「あるフランス語教師が私と話していて、トロワイヤは通俗作家あるいは大衆作家あるいは娯楽作家に堕してしまった、という意味のことを言った。同じ頃、私はフランスの犯罪小説を読んでいて、作中人物の一人がこの作家に言及しているのを発見する。「バカンスに持って行くなら、やっぱりトロワイヤだね……」。この二つの事例は結局は一つのことを言っているようでもあり、正反対の意見をそれぞれ述べているようでもある」

「小笠原豊樹「トロワイヤについての私的メモ」より)


[Troyat,Henri]

フランス屈指のベストセラー作家。1911年モスクワ生まれ。20年にロシア革命を避けて一家でフランスに亡命。38年、『蜘蛛』でゴンクール賞を受賞(対抗馬はサルトルの『嘔吐』)。2007年逝去。


小笠原豊樹[オガサワラトヨキ] 

1932年生まれ。翻訳家として露仏英の三ヶ国語を自在に操る。岩田宏の筆名で詩、小説、評論も多数。2013年『マヤコフスキー事件』で読売文学賞を受賞。

posted by pengiin at 13:00| 東京 ☀| Comment(0) | 図書と文庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月16日

「雷鳴」三角みづ紀

優しい神様が絶望を予告なさる

一瞬にして能面は笑顔に変わる

飼い慣らされた動物達まで

遠くへ行ってしまった

温く湿った絵ハガキを

郵便配達夫がポストに投げた

錆ひとつない窓の上辺から

優しい神様が絶望を予告なさって

能面は一瞬にして笑顔に変わって

あくる朝

見事に咲きほこっていたダチュラが落ちた


『現代詩手帖』2002年より

36E284F8-CC04-486B-BCFE-EE554040B42F.jpeg
posted by pengiin at 10:21| 東京 ☀| Comment(0) | 図書と文庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月13日

言葉にできない感情


   言葉にできない感情は、

 じっと抱いてゆく、

 魂を温めるように。

 その姿勢のままに、

 言葉をたもつ。

 じぶんのうちに、

 じぶんの体温のように

 〔長田弘〕


https://news.yahoo.co.jp/articles/150d509e1298c6fa1194f120955814d2f3d4f985


長田弘(オサダヒロシ)

詩人。1939年福島市生まれ。早稲田大学卒業。毎日出版文化賞、桑原武夫学芸賞、講談社出版文化賞、詩歌文学館賞、三好達治賞など受賞多数。

posted by pengiin at 13:00| 東京 ☀| Comment(0) | 図書と文庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月12日

日本人と地獄 (講談社学術文庫)

古代インドに発祥する「地獄」は、この風土でどのような変容をとげたのか? 仏教典籍、『霊異記』、冥界めぐり譚、絵草紙、和歌・川柳や能・狂言などを広く渉猟して、地獄の構造とイメージを読み解く。また、火山・温泉や飢饉・災害など、現世にある地獄を史料に探る。天上の極楽浄土の対極には、地下の恐怖世界が広がっている。読む「地獄事典」です。


4DDB23FB-8373-4688-9635-6F558759F8FE.jpeg

石田瑞麿

1917年~1999年。東京大学文学部印度哲学科卒業。元東海大学教授。文学博士。

posted by pengiin at 14:00| 東京 ☀| Comment(0) | 図書と文庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『ズボンをはいた雲』マヤコフスキー

《ぼくの精神には一筋の白髪もない!》戦争と革命に揺れる世紀転換期のロシアに空前絶後の青年詩人が現れる。名は、V・マヤコフスキー。「ナイフをふりかざして神をアラスカまで追い詰めてやる!」と言い放ち、恋に身体を燃やしにゆく道すがら、皇帝ナポレオンを鎖につないでお供させる。19159月に友人オシップ・ブリークの私家版として1050部が世に出た青年マヤコフスキー22歳の啖呵が、世紀を越えて、みずみずしい新訳で甦る。


――小笠原訳で目の前に現れた『ズボンをはいた雲』は、私のささやかな先入見を微塵に打ち砕き、底知れぬ魅惑の力で、次へ次へと行を追わせた

(入沢康夫「マヤコフスキー『ズボンをはいた雲』讃」より)


――全く、こういうものは空前絶後というか、一九一五年当時の「二十二歳の美男子」マヤコフスキーにのみ発生した一種の奇跡みたいな現象で、それ以前には決してなかったし、それ以後の二十世紀が二十一世紀に変っても、当分はあり得ないのではあるまいか

(小笠原豊樹「訳者のメモ」より


――こんな本を読んでいる方におすすめします

ロートレアモン『マルドロールの歌』1869年初版

ドストエフスキー『悪霊』1873年初版

マヤコフスキー『ズボンをはいた雲』私家版、1915

大杉栄『日本脱出記』アルス、1923

小笠原豊樹訳『マヤコフスキー詩集』彰考書院、1952

小笠原豊樹・関根弘訳『マヤコフスキー選集』飯塚書店、1958

小笠原豊樹編訳『マヤコフスキー研究』飯塚書店、1960

大江健三郎『日常生活の冒険』文藝春秋社、1964

ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』1966年初版

小笠原豊樹『マヤコフスキーの愛』河出書房、1971

スコリャーチン『きみの出番だ、同志モーゼル』草思社、2000

小笠原豊樹『マヤコフスキー事件』河出書房新社、2013

posted by pengiin at 11:00| 東京 ☀| Comment(0) | 図書と文庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月07日

『幽霊学入門』河合祥一郎:編

幽霊の正体とは? 科学から哲学まで駆使して検証する「幽霊学」 (Ghost Studies)の最新ガイド。心霊トリック写真も多数収録。

結局、幽霊を語る我々は自分自身のことを語っているのだろう。この本を読み終えたとき、あなたは幽霊になっているかもしれない。


序 河合祥一郎

【西洋編】

ヨーロッパ中世の幽霊 小林宜子

シェイクスピアの幽霊 河合祥一郎

ゴシック文学の幽霊 今本 渉

アメリカン・ナラティヴの幽霊学 巽 孝之

ベケットとモダニズム文学の幽霊 田尻芳樹

ヴィクトリア朝の幽霊探究 風間賢二

幽霊屋敷考 加藤耕一

女と幽霊――リメイクされる女の性 小澤英実

コラム 演劇の幽霊 鵜山 仁


【東洋編】

日本幽霊学事始 諏訪春雄

能の幽霊 松岡心平

幽霊西東――中国と英国と 南條竹則

千里眼事件とその時代 長山靖生

近現代日本の幽霊文学史をたどる 東 雅夫

現代幽霊小説ベストテン――人間という虚数 三浦雅士


あとがき 河合祥一郎

執筆者略歴/索引


西洋編と東洋編(主に日本)に分かれている。文学の話が多い。女の幽霊と水(P.112)。

妖怪は自然神、幽霊は人格神(p.133)。「女と幽霊」「日本幽霊学事始」「近代日本の幽霊文学史をたどる」など、千里眼事件もエンタメしてる。


「したがって、次のようにまとめることができよう。人は死んでも、人の霊(魂と呼んでもよい)は不滅であり、その霊魂(霊ないし魂)は肉体から離れ、肉体のない精霊と同じ存在となる。そして、その霊が現世に現れて、生きている者に目撃されれば幽霊というわけだ」29頁から32頁 「霊」「精霊」「幽霊」には「スピリット」のルビがある。


絶版になっているのが惜しい学術書。電子書籍でよみがえる幽霊書物となっていただきたい。


著者紹介

"河合祥一郎(かわい・しょういちろう)

東京大学大学院総合文化研究科准教授。1960年生まれ。東京大学より博士号、ケンブリッジ大学よりPh.D.取得。『ハムレットは太っていた!』(白水社、2001)でサントリー学芸賞とAICT演劇評論賞受賞。その他の主著に『シェイクスピアは誘う』(小学館、2004)、『「ロミオとジュリエット」−−恋におちる演劇術』(みすず書房、2005)ほか。共著にThe Routledge Companion to Directors’ Shakespeare (Routledge, 2008)ほか。角川文庫よりシェイクスピア新訳刊行中。"

posted by pengiin at 13:00| 東京 🌁| Comment(0) | 図書と文庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月03日

モダニズム詩人竹中郁

「夜の星」竹中 


日本の上に星がある

ガソリンの匂いのする星がある

訛りのひどい言葉つきの星がある

フォード自動車のひびきのする星がある

コカコラ色の星がある

電気冷蔵庫の唸りのこもった星がある

缶詰のごそごそを秘めた星がある

ガーゼとピンセットで掃除され

フォルマリンで消毒された星がある

原子放射能をふくむ星がある

なかに 目にもとまらぬ速さの星

突拍子もない軌道を走る星

ふかく ふかく

宇宙の谷底めがけて突込んでゆく星もみえる


日本の上には星がある

それが 冬の夜

毎夜 毎夜

重たい鎖のようにつらなってみえる


竹中郁少年詩集『子ども闘牛士』(理論社、1985年)


◆モダニズム詩人竹中郁(1904-82)は戦後間もなく、毎日新聞大阪本社にいた井上靖のすすめで児童詩誌『きりん』を発行。1950年からは毎月、大阪の「こども詩の会」に子どもたちが持ち寄った詩を批評して指導に尽力した。

posted by pengiin at 10:00| 東京 ☁| Comment(0) | 図書と文庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月27日

「春」秋山清

「春」秋山清

一匹のちいさな甲虫が

風にふかれてきて

袖にしがみついた。

触覚をふり

羽をふるわせて

ぶんと飛んでいった。

黒い一点が空にすわれた。

 

南海派遣洋九六〇七部隊は

ニューギニアからかえった。

病みたおれて

起き上らぬ

三十六人。

そのなかに

君はいなかった。

 

片かげりのはやい

北斜面の山の疎開地で

おっかさんは

晴れわたった空をみた。

虚空無辺の果までつづいていても

かえってこぬ。

かえらぬ百万人とともに。

 

戦災地の

いぢけたこまつ菜に

花が咲いた。


(秋山清『白い花』詩集』より)


「自己の思いによって何ものも充たされることなく、死に向かうことだけしかなかった、といったことを、時と所とを隔てて思い返して見れば遺憾のみがあって、心の開かれるところはどこにも、何一つもなかったであろうことが思われ、そのような人の思いに届くことはこの詩には描かれなかった、そのことをつくづく悟らされるのである。」

posted by pengiin at 11:16| 東京 ☀| Comment(0) | 図書と文庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月06日

『中国の神話』白川静(中公文庫)

『中国の神話』白川静(中公文庫)


「中国の濶大な天地には、かつて多くの種族がそれぞれの神話をもち、その守護神を擁して相争った。東夷、南蛮、北狄、西戎といわれる諸種族が中原をめぐって角逐し、(中略)その闘争の過程は、神話的表象として展開した。敗れた神々は悪神として辺裔に放竄せられ、勝者の神々はまたその序列を争った。」

(白川静 『中国の神話』 より)


白川静 中国の神話

カバー裏文:

「神話なき国とされ、従来、ほとんど知られることのなかった中国の神話・伝説を底知れぬ学識と豊富な資料で発掘し、その成立=消失過程を体系的に論ずる。日本神話理解のためにも必読の書。」


目次:

第一章 中国神話学の方法

 一 第三の神話

 二 『楚辞』「天問篇」

 三 文化領域

 四 古代の王朝

 五 隠された神話


第二章 創世の神話

 一 文化の黎明

 二 夷夏東西説

 三 洪水神の葛藤

 四 伏羲と女媧


第三章 南人の異郷

 一 南方の楽

 二 銅鼓文化圏

 三 饕餮の国

 四 石寨山の文化


第四章 西方の人

 一 岳神の裔

 二 牧羊人の行方

 三 伯夷降典

 四 皐陶の謨

 五 秦の祖神


第五章 殷王朝の神話

 一 夷羿の説話

 二 河伯の祭祀

 三 玄鳥説話

 四 舜の説話

 五 太陽神とその御者

 六 光明と暗黒

 七 自然神の系譜

 八 神話の構成


第六章 ペーガニズムの流れ

 一 漢の游女

 二 江南の賦

 三 崑崙と西王母

 四 西方のパラダイス


第七章 古帝王の系譜

 一 歳星と分野説

 二 黄帝と五行説

 三 列国の説話と姓組織

 四 華夏について


第八章 神話と伝統

 一 神話と祭儀

 二 顧命と大嘗会

 三 神話と伝統


参考文献 図版解説 あとがき


◆本書より◆

「古代王朝としての殷は、その古代的な文化の様相からも知られるように、多くの神話をもっていたはずである。しかし殷の神話は、殷周の革命による殷の滅亡のために、挫折する。西北系の周は、すでに農耕的段階に達するものであったが、本来は牧畜族であった。滅び去った殷の子孫である宋の国は、周的な天下の中では異質のものとして、つねに軽侮の対象となった。戦国期の文献に「宋の人」といえば、たとえば切り株に兎がふれて死ぬのを待つ待ちぼうけの話のように、間の抜けたものばかりである。かれらの神話は、継承されなかった。大体神話は、継承される性質のものではない。国が滅びると、神話は滅びるのである。神話を失った宋の地では、のち荘子の哲学が起った。神話的な思惟の方法は、その寓話のなかに生かされる。神話は思想のなかに隠されるのである。」


「中国の濶大な天地には、かつて多くの種族がそれぞれの神話をもち、その守護神を擁して相争った。東夷、南蛮、北狄、西戎といわれる諸種族が中原をめぐって角逐し、それぞれの適地を求めて漁労、遊牧、牧畜、農耕の生活をつづけたが、そのような自然条件と生活のなかから、それぞれ異質の神話が生まれ、その闘争の過程は、神話的表象として展開した。敗れた神々は悪神として辺裔に放竄せられ、勝者の神々はまたその序列を争った。そして西方の影響を受けながら五行思想が成立するころ、戦国期の列国対峙の関係の上に、天下的世界観が形成され、神話もまた天下的世界観に対応するものとして組織される。五行の配当において中央を占める黄帝が、その組織の中心にすえられた。しかしそのときすでに、神話構成の主体となるべき王朝はなかった。五帝のような古帝王の系譜が、空間的にも、また時間的にも、この天下的世界を整序する組織の原理とされた。そこには国家神話の成立する機縁はなかった。国家神話の形成は、殷王朝の発展のなかで進められつつあったが、その古代王朝の崩壊とともに伝承を失った。そして祖祭の体系として伝えられた王統譜のみが残り、神話的系譜は、おそらく戦国期の五行的思考の上に再組織されたものが、「殷本紀」に加えられた。卜辞にみえる河・岳のような自然神の祭祀は、その高祖化の定着しないうちに滅びるのである。そしてこれに代った制服王朝である周は、ほとんど何らの神話体系をもたなかった。(中略)このもと西方牧畜的な種族は、このときすでに完全な農耕民族であったが、現実的な征服国家にとって、被征服者の古い神話はもはや摂受しがたいものであり、また不必要でもあった。そのため天の思想が、その国家理念として成立するのである。殷の人格神的な上帝に代って、人格神的形象をもたない天が一般者とされた。それがいわば、かれらの国家神話であった。それで周王朝の衰退した東周期には、列国間の秩序はすなわち天下の秩序に外ならぬという政治的関係となる。神話はそのような天下的な世界の観念的な整合と統一を志向する。黄帝を中心とする古帝王の系譜は、秦、楚のような独自の伝承をもつ異質な国家をも、その体系のうちに包摂する。それは道徳的原理として道統説となり、五行の運旋の理法を示すものとして五帝徳説となり、さらには革命の理論とさえなる。それはもはや神話ではなく、政治的主題をもつ思想であり、神話としては観念の虚構にすぎない。それが中国を神話なき国と規定させた最も大きな理由であった。(中略)神話が、本来はその神意の実現を永遠にわたって求めつづけるものであるとすれば、革命の理論に転化されるような神話の体系は、神話としての自己否定であるともいえよう。」

posted by pengiin at 13:00| 東京 ☔| Comment(0) | 図書と文庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月05日

『六白金星』織田作之助

六白金星

織田作之助


 楢雄ならをは生れつき頭が悪く、近眼で、何をさせても鈍臭どんくさい子供だつたが、ただ一つ蠅をるのが巧くて、心の寂しい時は蠅を獲つた。蠅といふ奴は横と上は見えるが、正面は見えぬ故、真つ直ぐ手を持つて行けばいいのだと言ひながら、あつといふ間に掌の中へ一匹入れてしまふと、それで心が慰まるらしく、またその鮮かさをひそかに自慢にしてゐるらしく、それが一層楢雄を頭の悪いしよんぼりした子供に見せてゐた。ふと哀れで、だから人がつい名人だと乗せてやると、もうわれを忘れて日が暮れても蠅獲りをやめようともせず、夕闇の中でしきりに眼鏡の位置を直しながらそこら中睨み廻し、その根気の良さはふと狂気めいてゐた。
 そんな楢雄を父親の圭介はいぢらしいと思ふ前に、苦々にがにがしい感じがイライラと奥歯に来て、ギリギリと鳴つた。圭介は年中土曜の夜宅へ帰つて来て、日曜の朝にはもう見えず、いはばたまにしか顔を見せぬ代り、来るたびの小言だつた。
莫迦ばかな真似をせずに修一を見習へ。」
 そんな時、兄の修一はわざとらしい読本の朗読で、学校では級長であつた。見れば兄は頭の大きなところ、眉毛が毛虫のやうに太いところ、口をゆがめてものを言ふところなど、父親にそつくりで、その点でも父親の気に入りらしかつた。
 が、それにくらべると、楢雄はだいいち眉毛からしてフハフハと薄くて、顔全体がノツペリし、だから自分は父親に嫌はれてゐるのだと、次第にひがみ根性が出た。そして、この根性で向ふと、なほ嫌はれてゐるやうな気がして、いつそサバサバしたが、けれどもやはり子供心に悲しく、嫌はれてゐるのは頭が悪くて学校の出来ないせゐだと、せつせと勉強してみても、しかし兄には追ひ付けず、兄のうしろでこが異様に飛び出てゐるのを見て、何か溜息つき、溜息つきながら寝るときまつて空を飛ぶ夢、そして明け方には牛に頭をかじられる夢を見てゐるうちに、やがて十三になつた。
 ある夜、何にうなされたのか、覚えはなかつたが、はつと眼をさますと、蒲団も畳もなくなつてゐて、板の上に寝てゐると思つた、いきなり飛び起きて、
「泥棒や、泥棒や。畳がない。」
 乾いた声でおろおろ叫びながら、階下の両親の寝室へはいつて行くと、スタンドがまだついてゐて、
「え、泥棒……?」
 と、父親の驚いた手が母の首から離れた。
 母も父親の胸から自分の胸を離して、
「畳がどうしたのです。楢雄、しつかりしなさい。」
 くるりと床の間の方を向いて、達磨だるまの絵にむかつて泥棒や泥棒やと叫びながら、ヒーヒーと青い声を絞りだしてゐる楢雄の変な素振りを、さすがに母親の寿枝はをかしいと思つたのだ。
「二階の畳が一枚もない。眼鏡もとられた。」
 そして楢雄はつと出て行くと、便所にはいり、
「津波が来た。大津波が来て蒲団[#「蒲団」は底本では「薄団」]も畳もさらはれた。猿股さるまたの紐が流れてくる。」
 あらぬことを口走りながらジヤージヤーと板の間の上へ放尿したのち、ふらふらと二階へ上ると、けろりとした顔で元の蒲団の中へもぐり込み、グウグウいびきをかいた。隣の蒲団では、中学二年生の修一が亀の子のやうに首をひつこめて、こつそり煙草を吸ひながらトウシヤ刷りの怪しげな本に読み耽り、楢雄の方は見向きもしなかつた。
 それから一月ばかりたつた雪の朝、まだ夜の明けぬうちから突然玄関の呼鈴よびりんが乱暴に鳴つたので、驚いた寿枝が出てみると、楢雄が真青な顔で突つ立つてゐた。二階で寝てゐた筈だのにいつの間に着変へたのか、黒ズボンをはき、メリヤスのシャツ一枚で、びしよ濡れに雪が掛つてゐた。雪の道をさまよひ歩いて来たことが一眼に判り、どうしたのかと肩を掴んだが答へず、栓抜きへうたんのやうなフハフハした足取りで二階へ上つてしまつた。すぐいて上り、見れば枕元には本棚から抜きだした本が堆高うづたかく積み重ねられてあり、おまけにその頂上にきちんと畳んだ寝巻をのせ、その寝巻の上へ床の間の菊の花と鉛筆と蜜柑みかんが置かれてあつた。
「楢雄、これは何の真似です。」
 しかし、楢雄は答へやうがなかつた。寝てゐると、急に得体えたいの知れぬ力が自分に迫つて来たのだが、それを防がうとする自分の力が迫つて来る力に較べて弱すぎ、均衡バランスが破れたといふ感じがたまらなく怖くなり、何とかして均衡を保たうとして、本を積み重ねてみたり、その上ヘゴチヤゴチヤと置いてみたりしたが、それでも防げず、たまりかねて飛び出したのだといふ事情は、自分でもうまく言へなかつたし、言つても判つて貰へないと思つたのだ。
 その晩、圭介は寿枝から話をきいて、早発性痴呆症だと苦り切つた。

 中学校へはいつた年の夏、兄の修一がなに思つたのか楢雄を家の近くの香櫨園かうろゑんの海岸へ連れ出して、お前ももう中学生だから教へてやるがと、ジロリと楢雄の顔を覗き込みながら、いきなり、
「俺たちはめかけの子やぞ。」
 と、言つた。ふと声がかすれ、しかしそのためかへつてすごんで聴えた筈だがと、修一は思つたが、楢雄はぼそんとして、
「妾て何やねん?」
 効果をねらつて、わざと黄昏刻たそがれどきの海岸を選んだ修一は、すつかり拍子抜ひやうしぬけしてしまつた。
 修一は物心つき、次第に勘付いてゐるのだ。型を押したやうな父の週末の帰宅は、蘆屋で病院を経営するかたはら、大阪の大学病院へも出て忙しいためだとの母親の言葉は、もつともらしかつたが、修一はだまされなかつた。香櫨園の自宅から蘆屋まで歩いて一時間も掛らぬのに、つひぞ父の病院とやらを見せて貰つたこともなく、おまけに蘆屋中を調べてみても自分と同じ村瀬の姓の病院はない。しかも父の帰宅中は仔細ありげなひそひそ話、時には母の泣声、父の呶声どせいが聴かれるなど、思ひ合はせてみると蘆屋の方が本宅で香櫨園のわが家は妾宅だと、はつきり嗅ぎつけた途端、まづ生理的に不愉快になり、前途が真つ暗になつたやうな気持に悩まされたが、わづかに弟の楢雄を掴へて、寝耳に水の話を知らせてやるといふ残酷めいた期待に心慰まつてゐたのだつた。
 それだけに楢雄のそんな態度は修一を失望させた。そのため修一の話は一層誇張された。さすがの楢雄も急に顔色が青白んで来た。うなだれてゐる楢雄の顔をひよいと覗くと、眼鏡の奥が光つて、効果はやはりテキ面だつた。やがて眼鏡を外して上衣のポケットに入れ、するする落ちる涙を短い指の先でこすり、こするのだつた。ふと修一は不憫ふびんになつて、
「泣くな。妾の子らしう生きて行かう。」
 これは半分自分にも言ひ聴かせて、楢雄の肩に手を置くと、楢雄は汗くさい兄の体臭にふと女心めいた頼もしさを感じ、見上げると兄の眉毛はむくむく頼もしげに見え、しかし何だか随分父親に似てゐると思つた。
 その夏の休暇が済み、二学期の始業式に大阪の市内にある中学校へ行くと、兄弟二人とも村瀬の姓が突然中那尾に変つてゐた。楢雄はわけが判らず、けつたいな名になりやがつたと、ケツケツと笑つてゐたが、修一はさては籍がはいつたのかと苦笑し、友達の手前は養子に行つたのだと言ひつくらはうと咄嗟とつさ智慧ちゑをめぐらした。しかし、兄弟二人そろつて養子に行くといふのも変な話だと、さすがにうろたへもしてゐた。帰ると、赤飯とたひの焼物が出て、母は泣いてゐた。
 寿枝は岡山の病院で看護婦をしてゐた頃、同じ病院で医員をしてゐた圭介のために女医になる一生の希望をいきなり失つた。妊娠させられたのだ。圭介には月並みに妻子があつた。生れた子は修学第一の意味で圭介が修一と名をつけた。圭介はそんな親心を示したことは示したが、狭い土地ですぐ噂が立つてみると、折柄大阪の病院から招聘せうへいされるのは寿枝を置き去りにする好機会であつた。その通りにした。寿枝は修一を背負つてあとを追ひ、詰め寄ると、圭介もいやとはいへず、香櫨園に一戸を構へてやつた。そして十何年間、その間に楢雄も生れて、今日まで続いて来たが、圭介はなぜか二人の子を入籍しなかつた。本妻が承知しないからと、半分本当のことを言つて、寿枝の要求を突つ放して来たのだ。しかし、寿枝は諦めず、圭介を責めぬいて、そして今日のこの喜びだつた。
 と、そんな事情は無論きかされなかつた故自分は長女、父上は長男、だから今日まで戸籍のことが巧く行かなかつたのだと、寿技はこんな嘘を考へた。
「へえ? さうですか。」
 話半分で、修一は大きな頭を二三度右に振り左に振り、二階へ上つてしまつた。あとに楢雄が残り、かねがねお前は食事の時間が永すぎると父の小言の通り、もぐもぐ口を動かせてゐた最中ゆゑ、母の喜びを一身に背負つた。しかしそれも当然だと、寿枝は、
「兄さんは別として、お前はよくよく父上に感謝しなければいけませんよ。」
 その証拠に、最初圭介は楢雄の入籍は反対だつたのだと、うかうか本当のことを言つた。
御馳走ごつとさん。」
 それだけは言つて、楢雄はバタバタと二階へ上ると蠅たたきでそこら中はたき廻つた。翌日、一年F組の教室で、楢雄は教科書のかげで実におびただしい数の蠅をもてあそんでゐたといふかどで、廊下に立たされてゐた。三年B組の教室では、修一は教科書のかげで羽太鋭治の「性の研究」を読んでゐた。
 楢雄が羽太鋭治のその本や、国木田独歩の「正直者」、モーパッサンの「女の一生」、森田草平の「輪廻」などを、修一から読んでみろと貸して貰つたのは、三年生の時だつた。伏字の多いそれらの本が、楢雄の大人を眼覚し、女の体への好奇心がにはかにふくれ上つたある夜、修一が、
「おい、お前にもメッチェンを世話してやらうか。」
 さう言つて楢雄を香櫨園の浜へ連れ出す途々みちみち言ふのには、実は俺はある女学生と知り合ひになつたのだが、そいつにはいつも女中メイドがついてゐる、今夜も浜で会ふ約束をしてゐるのだが、女中がついて来るから邪魔だ、だからお前はその女中の方を巧くさばいてくれ、その間に俺はメッチェンの方を云々。
「巧いことやれよ。なに相手はたかが女中メイドや。喜んでお前の言ひなりになりよるやろ。デカダンで行け。」
 デカダンとはどんな意味か知らなかつたが、何となくその言葉のどぎつい響きが気に入つて、かねがね楢雄は、俺はデカダンやと言ひふらしてゐたのだつた。
「よつしや。デカダンでやる。」
「煙草飲め!」
 一本の煙草を飲み終らぬうちに、セルの着物を着た十七八の女が、兵児帯へこおびの結び目を気にするのか、しきりに尻へ手を当てながら、女中と一緒に、ものも言はず、すつと近づいて来た。どこか隙の多さうな醜い女ぢやないかと、少し斜視掛つたその女の眼を見てゐたが、しかし女中の方はで鼻の頭がまるく、おまけに色が黒かつた。楢雄はがつかりしたが、やがてノツポの修一が身体を折り曲げるやうにして女に寄り掛りながら歩きだすと、楢雄もあわてて女中に並び、君いくつになつたの。われながら嫌気がさすくらゐ優しい声になつたが、しかし心の中では、何となくその外ツ歯の女中が可哀想になつてゐたのだ。松林の所で修一はちらと振り向いた。途端に楢雄は女中のザラザラした手を握つた。手は瞬間ひつ込められたが、すぐ握り返され、兄の言ふ通りであつた。顔を覗くと、女中はきよとんとした眼で空を見上げてゐた。
「こつちへ行かう。」
 修一と反対の方向へ折れて行き、半町ほど黙つてゐたが、やがて軽い声で、
「おい!」
 ぐいと手を引つ張つてもたれ掛けさせると、いきなり抱き寄せて、口に触れた。
 歯がカチカチと鳴り、女中はガタガタと醜悪にふるへてゐた。生臭い口臭をかぎながら、ぺたりとその場に坐らせて、
「君、寒いのンか。」
 さう言つたまでは覚えてゐたが、あとは無我夢中になつて、好奇心と動物的な感覚が体をしびらしてしまつたが、女中は足を固くして、
「それだけは堪忍して、なツ、坊つちやん、それだけは堪忍して。あゝ。」
 身もだえしながら、キンキンした声で叫び、ふとみひらいた眼が白かつた。楢雄ははつと我に帰り、草の上へついた手の力ではね起きると、物も言はず、うしろも向かず、あぶない所だつた、俺はもう少しで罪を犯すところだつたと、心の中で叫びながら、真青になつて逃げ去つた。それだけは堪忍して、あツ、坊つちやんそれだけは堪忍して。あゝ。あゝといふその声は逃げて行く楢雄の耳の奥にいつまでも残り、身もだえしてゐた女の固い肢態はまぶたに焼きつき、追はれるやうに走つたが、松林を抜けて海岸の砂の上へ出た途端、妾になるといふことはあの辛さを辛抱することだつたのかといふ考へが、元来が極端に走り易い楢雄の、走つてゐる頭をだしぬけにかすめた。楢雄は家へ駈け戻ると、
「母さん、なんぜ妾なんかになつたんです。」
「…………」
 棒立ちになつた寿枝の顔をぢつと睨みつけると、
「僕に二十円下さい。」
 そして無理矢理母の手から受取ると、眼鏡の隙間からポタポタ涙を落しながら、家を飛び出したが、どこへ行くといふ当てもないと判ると、急に気の抜けた歩き方になり、家出の決心がふと鈍つた。
 ところが、阪神の香櫨園の駅まで来ると、海岸の方から仮面めんのやうに表情を硬張こはばらせて歩いて来る修一とぱつたり出会つた。楢雄はぷいと顔をそむけ、丁度駅へ大阪行の電車がはいつて来たのを幸ひ、おい楢雄とあわてて呼び掛けた修一の声をあとに、いきなりその電車に乗つてしまつた。修一は間抜けた顔でぽかんと見送つてゐた。楢雄はそんな兄をますます驚かせるためにも、家出をする必要があると思つた。そして家出した以上、自分はもう思ひ切り堕落するか、野たれ死にするか、二つのうちの一つだと思ひ、少年らしいこの極端な思ひつきにソハソハと揺れてゐるうちに、電車は梅田に着いた。
 市電で心斎橋まで行き、アオキ洋服店でジャンパーを買ひ、着てゐた制服と制帽を脱いで預けた。堕落するにも、中学生の制服では面白くないと思つたのだ。茶色のジャンパーに黒ズボン、ズボンに両手を突つ込んで、一かどの不良になつた積りで、戎橋えびすばしの上まで来ると、アオキから尾行して来たテンプラらしい大学生の男が、おい、坊つちやん、一寸来てくれと、法善寺の境内へ連れ込んで、俺の見てゐる前で制服制帽を脱いだり、あんまり洒落しやれた真似をするなと、十円とられて、鮮かなヒンブルであつた。簡単に自尊心を傷つけられたが、文句があるならいつでもアオキで待つてゐると立去つたそのテンプラの後姿を見送つてゐるうちに、家出の第一歩にこんな眼に会はされては俺はもうおしまひだ。堕落するにも野たれ死にするにもまづあの男をなぐつてからだと、キツとした眼になつた。法善寺を抜けると、坂町の角のひやし飴屋あめやでひやし飴をラッパ飲みし、それでもまだ乾きが収らぬので、松林寺の前の共同便所の横で胸スカシを飲んだが、こんなチヤチなものを飲んでゐるからだめなのだと、千日前の停留所前のビヤホールにはいつた。大ジョッキとフライビンズを註文し、息の根の停りさうな苦しさを我慢しながら、三分の一ばかり飲んで、ゲエーとおくびを出して、フーフーあかい顔でうなつてゐると、いきなり耳を引つ張られた。振り向いて、あツドラ猫だ。宮城といふ受持の教師だつたが、咄嗟とつさにその名は想ひ出せず、思はず、綽名あだなを口走つた。ドラ猫もまたそのビヤホールで一杯やつてゐたらしく、顔を真赤にして、息が酒くさかつた。耳を引つ張られたまま表へ連れ出されて、生徒の分際でこんな場所へ出入する奴があるかと、撲られた。すかさず、教師の分際でこんな場所へ出入する奴があるかと言ひ返してやれば面白いと思つたが、あゝこれで家出も失敗に終つたのかといふ情けない気持が先立つて、口も利けなかつた。
 翌日、母親と一緒に校長室へ呼びつけられた。ドラ猫は校長の前で、戎橋の上から尾行してビヤホールにはいつた所をつかまへたのだと言ひ、自分がさきにビヤホールで一杯やつてゐたことは隠すのだつた。楢雄は途端にドラ猫を軽蔑した。嘘をつくと承知しないぞ言はれたので、今までしたこと、あることないことを洒唖洒唖しやあしやあと言つた。理科教室の顕微鏡に胡椒こせうをぬりつけたこと、授業中に回転焼をいくつ食へるか実験してみたところ、相手の教師によつて違ふが、まづ八個は大丈夫だ云々、バスの切符をわざと渡さなかつたところ、女車掌が金切り声をあげて半町も追ひ駈けて来たこと、感ずる所あつて昼食のパンを五日食べずに、校長官舎の犬が痩せて栄養不良らしかつたのでその犬に呉れてやつたこと、その犬の尻尾には今も猫イラズを塗りつけてある筈だなどすらすらしやべり立てたが、しかし香櫨園の女中のことはさすがに言へなかつた。
 寿枝の順番が来ると、寿枝はなぜか急にいそいそとして、まず楢雄の夜尿症をなほした苦心を言ひ、そして今は癒つたが、しきりに爪を噛んだり、指の節をボキボキ折る癖があつて、先生、父もどんなにみつともないと気を揉んだことでせう。それから、今も暇さへあれば蠅ばかり獲つたり、ぶつぶつひとり言を言ふ癖がありまして、この頃はえきの本を読み耽つてゐるやうでございます……と、寿枝はここで泣き、部屋の中はもう暗かつた。
「ひとり言を言ふのは、心に不平がある証拠だが、易の本といふのは、君どういふ意味かね。」
 と、校長は、ドラ猫の方を向いた。ドラ猫は、
「はあ、皆私が到らぬからであります。」
 と、ハンカチで眼鏡を突き上げたかと思ふと、いきなり楢雄の腕をつかんで、
「君は、君は、何といふことを……。」
 泣きだしたので、さすがに楢雄もしみじみして、情けなく窓外の暮色を見たが、しかしなぜドラ猫が泣いたのか判らなかつた。
 説教が済み、校門を出ようとすると、そこでずつと待つてゐたらしく、修一が青い顔で寄つて来て、何ぞ俺の話出なかつたかと、声をひそめた。大丈夫だと言つてやると、修一はほつとした顔で、お前も要領よくやれよ。途端に修一は楢雄の軽蔑を買つた。帰りの阪神電車は混んでゐた。寿枝は白足袋を踏みよごされた拍子に、蘆屋の本妻の顔を想ひだした。すると香櫨園の駅から家まで三町の道は自然修一と並んで歩くやうになつた。そして、うしろからボソボソといて来る楢雄の足音を聴きながら、明日は圭介の知り合ひの精神科医のもとへ楢雄を連れて行かうと思つた。
 若森といふその医者は精神科医のくせにひどくせつかちの早のみ込みで、おまけに早口であつた。若森は寿枝の話を聴くなり、あ、そりや、エ、エ、エディプス・コンプレックス的傾向だね、お袋を愛する余り父親を憎むんだねと言ふと、寿枝は何だかよく判らぬままにニコニコしてうなづいた。楢雄はむつとして、若森が、
「君一つこの紙に、君の頭にうかんだ単語を二十個正直に書いてみ給へ。」
 と言ふとあつといふ間にその紙を破つて、
「あんたには僕の心を調べる権利はない筈や。人間が人間を実験するのは侮辱や。」
「これ、楢雄、何を言ふのです。」
「お母さんもお母さんです。あんたは自分の子供が蛙みたいに実験されてゐるのを見るのンが、そんなに面白いのですか。だいいち、こんな所イ連れて来るのが間違ひです。」
 キツと寿枝を睨みつけた眼の白さを見て、若森はお袋を愛する余り云々と言つた自分の言葉が、ふと頼りなくなつて来た。
 楢雄はその後何といはれても若森の所へ行かなかつたが、寿枝はひそかにそこへ行つていろいろ指図を受けて来るらしく、木の枕や瀬戸物の枕を当てがつたり冷水摩擦をすすめたりした。また、知らぬ間に蒲団の綿が何か固いものに変つてゐた。日記やノート、教科書などもひそかにひらかれた形跡があり、仔細ありげな母の眼付きがいそいそと自分の身辺を取り囲んでゐるやうな気がして、楢雄はそんな母が次第にうとましくなつて来た。

 翌年、楢雄は進級試験に落第した。寿枝の奔走も空しかつたわけである。その代り修一は京都の高等学校の入学試験に合格した。圭介は修一の入学宣誓式に京都まで出向いて、上機嫌で帰つて来たが、土産物みやげもの聖護院しやうごゐん八ツ橋をガツガツ食べてゐる楢雄を見ると、にはかに渋い顔になり、改めて楢雄の落第について小言を言つた。楢雄は折柄口が一杯になつてゐたので、暫らくもぐもぐと黙つてゐたが、やがて呑み込んでしまふと、頭の悪いのは言はれなくても自覚してゐます、自覚してゐればこそ頑張るだけは頑張つてゐるんです、しかし頭の点は先天的のものでどうにもなりません、考へてみれば、同じ親から生れて兄さんは頭が良くて、僕は悪いといふのは遺伝の法則からいつてどういふことになるんでせう、やはり僕を頭の悪い子供に生れさせた原因がほかに介在してゐるんでせうか、さういへば、僕の眉毛がレプラのやうに薄いといふ事実も何だか不思議ですね。ベラベラと喋り立てると、圭介は、莫迦ばか野郎、生意気を言ふな、遺伝とは何だ、原因とは何だ、不思議とは何だ、といきなり楢雄の胸を掴んで庭へ引きずり下すと、松の枝をボキリと折つて、圭介の掌と楢雄の顔が両方からボトボトと血が落ちるまで、打つて打つて打ち続け、停めようとした寿枝まで突き飛ばされ、圭介の折檻せつかんはふと狂気じみてゐた。楢雄は鼻の穴へ紙を詰めると、すぐ家出を考へたが、これは寿枝が停めたので、二階へ上り、ひそかに隠してあつた「運勢早見書」を開き、自分の星の六白金星と父の九紫火星とが相性あひしやう大凶であることを確め何か納得した。ついでに母の四緑しろく木星も六白金星とは合はぬと判つた。六白金星一代の運気は、「この年生れの人は、表面は気永のやうに見えて、その実至つて短気にて些細なことにも腹立ち易く、何かと口小言多い故、交際上円満を欠くことがある。親兄弟との縁薄く、早くより他人の中にて苦労する者が多い。また因循いんじゆんの質にてテキパキ物事のはかどらぬ所があるが、生来忍耐力に富み、辛抱強く、一端かうと思ひ込んだことはどこまでもやり通し、大器晩成するものなり……」
 一字一句が思ひ当り、この文章がわづかに楢雄を慰めた。そして一晩掛つてこの文句を覚えることで、父に撲られた口惜しさがまぎれるのだつた。
 翌日から楢雄は何思つたのか「将棋の定跡」といふ本を読み耽つた。著者の八段は「運勢早見書」によれば、六白金星で中年を過ぎてから三段になつて大器晩成の棋師だといふことだ。楢雄はその本を学校で読み、電車の中で読み、家で読み、覚えにくい定跡はカードを作つて覚えた。三月掛つてやつと覚えた頃、暑中休暇になり、修一が頭髪を伸ばして帰つて来ると、楢雄は早速将棋盤を持ち出したが、王手もせぬうちに簡単に負けてしまひ、あゝ俺はやはりだめだと青くなつた。
 修一は毎日海岸へ出て、相変らず女を物色してゐるらしかつたが、楢雄は海水着を着た女はわいせつだから見るのもいやだと言つて、一日中部屋に閉ぢこもり、いよいよ人間嫌ひになつたのかと寿枝をやきもきさせた。部屋に閉ぢこもつて何をしてゐるのかと、こつそり伺ふと、修一が持つて帰つた「カラマゾフ兄弟」を耽読してゐるらしかつた。楢雄にはその本はばかに難解だつたが、しかし楢雄はミーチャやイ※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)ンの父親に対する気持が判つたと思ひ込み、夜更けに鏡を覗いてみると、表情が何となくすごみを帯びて見えた。眉毛の薄いせゐかも知れなかつた。それで一層深刻な顔になつてやらうと、眼をむき下唇を突き出すと、こんどは実に奇妙な顔になつた。しかし別にをかしいとも思はなかつた。イ※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)ンを真似たのつそりした態度がやがて表面うはべに現はれて来て、そしてある夜楢雄は砒素ひそを飲んだ。
 うめき声で眼を覚した寿枝が二階へ上つて見ると、楢雄は土色の顔へ泡を噴きだしてのた打ちまはつてゐた。修一は夕方家を出て行つたきり、まだ帰つてゐなかつた。寿枝は楢雄の口ヘ手を差し込んで吐かせるとあわてて飛びだして近所の医者へかけつけて行つたが、途中でふと気が変り、よその医者に頼めば外聞の悪い結果になると、公衆電話へ飛び込んで、蘆屋の圭介の病院へ電話した。蘆屋と香櫨園はすぐ近くなのに市外通話になつてゐて、なかなか掛らず、もどかしかつた。圭介はダットサンを自分で運転して来た。それで助かつた。吐かせようとして抱きかかへると、ぷんと腋臭わきがめくにほひがしたが、それは永年忘れてゐたわが子のにほひだつた。注射を済ませると、寿枝が絆創膏ばんさうかうを貼つた。圭介はふと寿枝の顔を見た。寿枝も見た。お互ひふと岡山の病院でのことが頭をかすめ、想ひ出すべき歳月があつた。圭介は手を洗ひながら、しみじみと楢雄の寝顔を覗きこんだ。眼鏡のない眉毛の薄い顔は、まるでデスマスクのやうだつたが、しかし生命は取り止めたとしみじみ思つた。ところが、机の上にこれ見よと置いてある遺書を開いて読み終つた途端、圭介は思はず莫迦者と呶鳴どなつた。
 その遺書は右肩下りの下手な字で、おまけに鉛筆で、片仮名を使つて書かれてあり、それが文面の効果を一層どぎつくさせてゐた。
「恋愛ハ神聖ナリ。神ハ実在スルヤ否ヤ。俺ハ結核菌ノ所有者デアルガ、現在ノ父ニモ母ニモ結核菌ハナイ。スルト俺ハ現在ノ父母ノ子デナイトイフ理論ガ成リ立ツ。マタ、俺ノ眉毛ヤ俺ノ皮膚ハレプラニナル可能ガアル。シカルニ現在ノ父母ハレプラデハナイ。俺ハ誰ノ子デアルカ教ヘテクレ。俺ハコノ疑問ヲ抱イテ死ヌノダ※(感嘆符二つ、1-8-75)
 俺ハ北畠ノ霊媒研究所ヘ行ツテ、十円出シテ霊媒シテ貰ツタ。ソノ結果、俺ハ双生児ノ片割レデアルトイフコトガ判明シタ。モウ一ツノ片割レハ今樺太カラフトノ炭坑ニヰルハズダ。
 嘘ノ世ノ中ニハアキアキシタ。俺ハイ※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)ンノ如ク永遠ノ謎ヲ抱キナガラ死ヌ。誰モ俺ガ死ンデモ泣クマイ。俺ハ無垢ムクノ女ヲ凌辱リヨウジヨクシヨウトシタノダ※(感嘆符二つ、1-8-75)
 圭介は近頃興奮するとくらくらと眩暈めまひがし、頭の中がじーんと鳴るので、なるべく物事に臨んで冷静に構へる必要があつた。だから、こんな莫迦げた妄想まうさうを起す奴を相手に興奮してはつまらぬと、煙草を吸ひかけたが、手がふるへた。寿枝はおろおろして燐寸マツチをつけた。その瞬間、二人ははつと顔をそむけた。寿枝の眉間みけんには深いしわが出来、母性を疑はれた不快さがぐつと来たのだつた。そして何といふことなしに修一のことが頼もしく想ひ出されたが、しかし修一はどこをうろついてゐるのか、夜が更けてゐるといふのに、まだ帰つてゐなかつた。

 二年がたつた。楢雄はむくむくと体が大きくなり、自殺を図つた男には見えなかつた。高等学校の入学試験にすべり、高槻たかつきの高医へ入学した時も、体格検査は最優良の成績だつた。
 圭介は家へ帰ると、薄暗い階下の部屋で灯もつけさせず、壁を睨んだままぺたりと坐り込んで何時間も動かなかつた。寿枝が呼んでも返辞せず、一所を見つめた眼を動かしもしなかつた。さすがの楢雄もあつけに取られて、圭介のうしろに突つ立つてゐると、
「何をしてゐるのか。」
 うしろ向きの姿勢で呶鳴られた。寿枝はそんな圭介の素振りを見て、何か心に覚悟を決めたらしく一分の隙もないきつとした顔を[#「顔を」は底本では「頭を」]見せてゐた。
 圭介はやがてみるみる狂気じみて、蘆屋の病院で死んだ。危篤の知らせで駈けつけたのは修一ひとり、無論本妻の計らひであつた。死に目に会ふことも許されない寿枝と楢雄は香櫨園の家でソハソハしながら、不安な気持のまま何か殺気立つてゐた。何時間かたち、楢雄は急に、
「さア、お母さん、こんなことしてても仕方がありません。活動でも見に行こやありませんか。」
 と、言つて起ち上つた。まあと寿枝はあきれたが、しかし瞬間母子の情が通つたと思ひ、だから叱らうとはしなかつた。
 修一は葬式を済ませて帰つて来ると、臨終の模様を語つた。圭介は息を引き取る前不思議にも一瞬正気になり、枕元に集つてゐる中で修一だけをわざと一歩進ませて、母の面倒はお前が見るんだぞと言ひ、その時窓に映つてゐた西日が落ちたさうである。
「それでお前は何と答へたんですか。」寿枝はわれながらもぢもぢ訊くと、
「はあと言ひましたよ」
 と修一はひややかに答へ、そして、ちらつと寿枝の頭を見ると、
「蘆屋の奥さんから遺言書を見せて貰ひましたよ。お母さんは貰ふべきものはちやんと貰つてあるんですね。」
 寿枝ははつと虚をつかれた気持だつた。貰ふべき財産の分け前は、圭介の素振りがをかしくなつた時、寿枝は取つて置いたのである。寿枝、修一、楢雄の順で、修一、楢雄の分は学資用として無論修一の方が多かつたが、しかし寿枝の額は修一よりもはるかに多いのだ。田辺に嫁いでゐる妹が、姉さんは子供に頼つて行くといつても、子供とは籍が違ふのだからと入智慧いれぢゑし、子供といつても今に母親は妾だといつて邪魔にするかも知れないからねとまで言つたので、寿枝はその忠告に従つてさうしたのだつたが、修一の冷かな眼を見ると、やはりさうして置いてよかつたといふ気持が、心細く湧いて来て、最近修一の所へ来た女の手紙がふと想ひ出された。
「――この手紙を読んで何にも感じないやうでしたらあなたは精神のどこかに欠陥があるのです。」
 といふ恨みの籠つた手紙だつた。ひと様の娘御むすめごを何といふことだと、その時修一に見た冷酷さが今はわが身に振り掛るかと、寿枝は思つた。
 香櫨園の家は経費が掛るので、やがて寿枝は大阪市内の小宮町にこぢんまりした借家を探して移ることになつたが、果して修一は阪大医学部の卒業試験の勉強で忙しいと口実を設けて、一人で夙川しゆくがはの下宿へ移つた。寿枝はなぜかそれを停めることが出来なかつた。楢雄は、兄貴には香櫨園の界隈かいわいを離れがたいわけがあるのだと見抜いてゐた。修一が現在交際してゐる北井伊都子は浜甲子園の邸宅に母と二人住み、係累もなく、その代り父の遺産は三十万を超えてゐるのだと、修一はかつて楢雄に話したことがあつたのだ。
 修一のゐない家庭は寿枝には寂しかつた。だから、三月ばかりたつて、修一が小宮町へ顔を見せると、いそいそとして迎へたが、修一はお茶も飲まぬうちに、いきなり、
「僕、養子に行きますよ。何れ先方からこちらへ話がありますから、その時は良い返辞頼みますよ。」
 と、言つた。先方とは無論北井家のことだつた。北井伊都子は長女で嫁には行けず、だから修一が婿養子にはいるのだと、もう伊都子の母親にも会うて話を決めてゐたのだつた。
「学校を出ても、親父のくれた金では開業できませんからね。結局安月給の病院の助手になるよりほかに仕方ないとすれば、まアわれわれの身分では養子に行くのが出世の近道ですよ。木山さんの例もありますからね。」
 木山博士は圭介の友人で、大学を卒業するまでに二回養子に行き、卒業してから一回、博士になつてからも一回、都合四回養子先と女房を変へて出世した男であつた。
「ぢや、お前は木山さんのやうになりたいんですか。」
「木山さんには私淑ししゆくしてゐます。時々会うて世渡りの秘訣ひけつを拝聴してゐますよ。」
「お母さんのことはどう成つても構はぬのですか。」
「いや、もし何でしたら、お母さんも一緒に北井の家へ来て貰つても構ひませんよ。」
 太い眉毛は今こそ兄の顔になくてかなはぬものだと、楢雄は傍で聴きながらふと思つたが、しかし口をはさまうとはせず、寿枝が哀願めく眼を向けても、素知らぬ顔で新聞の将棋欄を見てゐた。
 半月許りたつて、五十前後の男が手土産らしいものを持つてやつて来た。浜甲子園の北井の使ひだといふので、寿枝はさつと青ざめた。ところが、その使ひは意外にも今後北井家では修一さんとの交際を打ち切ることにしたから悪しからずといふ縁談の断りに来たのだつた。使ひの男は寿枝の饗応きやうおうに恐縮して帰つた。
 修一は夙川の下宿を引き揚げて来て、妾の子だと知れたための破談だと、寿枝に八つ当つた。日頃の行状を北井家に調べ上げられたことは棚に上げてゐたのである。すつかり自信を無くしてしまつたらしい修一の容子ようすを見て、楢雄は将棋を挑んだが、やはり修一には勝てなかつた。
 楢雄は高槻の学校の近くにある将棋指南所へ毎日通つた。毎朝京阪電車を降りると学校へ行く足を指南所へ向け、朝寝の松井三段を閉口させた。楢雄は松井三段を相手に専門棋師のやうな長考をした。松井三段は腐つて、何を考へてゐるのかと訊くと、楢雄はにこりともせず、
「人間は一つのことをどれ位辛抱して考へられるか、その実験をしてゐるんだ。」
 と、答へた。楢雄は進級試験の日にも指南所へ出掛け、落第した。
「お前の金はあと二年分しかないのに、今落第されては困りますよ。」
 寿枝の小言に金のことがまじると、楢雄はかつとした。修一は口を出せば自分の金が減るといふ顔で黙つてゐた。楢雄はその顔をみると、もうわれを忘れて叫んでゐた。
「ぢや僕は下宿します。下宿して二年分の金で三年間やつて行きます。お母さんの世話にも兄さんの世話にもなりません。」
 言ひだしたらあとへ引かなかつた。その頑固な気性を口実に、寿枝は楢雄に言はれる通りの金を渡した。
「しかし、千円だけはお前の結婚の費用に預つて置きますよ。」
「そんな金は兄さんにあげて下さい。」
 千円減つたことで、自活の決心が一層固くなつた。
「ぢや、お母さんはお前に月々十円づつ、お母さんの金を上げます。」
「要りません。食へなかつたら家庭教師します。」
 さう言ふと、修一ははじめて口を利いて、
「お前みたいな頭の悪い奴に家庭教師がつとまるか。」
 と、わらつた。嗤はれたことも楢雄はこの際の勘定に入れた。そして学校の近くの下宿に移つた。寿枝は、下宿をしても洗濯物を持つて週に一回だけはぜひ帰るやうにと言ひ聴かせながら、自分は不幸だと思つた。

 修一は学校を出ると、附属病院の産婦人科の助手になつた。報酬は月に一円足らずで、日給の間違ひではないかとはじめ思つたくらゐだつたが、それでも毎日浮かぬ顔をして通つてゐた。学生服よりは高くついたが、着てみれば背広も安洋服だつた。患者の中には良家の者らしい若い女性もゐたが、産婦人科へ生娘きむすめが来るためしもすくなかつた。時々出稼ぎにあちこちの病院へ出張したが、その報酬は全部自分で使ひ、寿枝には一銭も渡さず、しかも家の費用はすべて寿枝が自分の金でまかなつてゐた。だから修一の金は少しも減らないと寿枝はひそかに田辺の妹に愚痴つてゐたが、それでも修一が家にをらないとやはり寂しかつた。修一は宿直と出張の口実を設けて月の半分は家をあけ、どうやら看護婦を相手にしてゐるらしかつた。寿枝は修一の留守中泊りに来てくれるやうにと、楢雄に手紙を出した。楢雄はやつて来て、寿枝の顔に、薄く白粉おしろいの粉が吹きだしてゐることよりも、髪の毛がバサバサと乾いてゐることの方を見て寿枝を千日前へ連れて行つて映画を見せたりした。下宿で随分切り詰めた暮しをしてゐるらしく、げつそりと青く痩せてゐる楢雄の横顔を見て、寿枝はそつと涙を拭いたが、しかし何日か泊つて下宿へ帰る日が来ると、楢雄はその何日分かの飯代を寿枝に渡した。何といふ水臭いやり方かと寿枝は泣けもせず、こんな風にされる自分は一体これまでどんな落度があつたのかと、振りかへつてみたが、べつに見当らなかつた。
 楢雄は煙草は刻みを吸ひ、無駄な金は一銭も使ふまいと決めてゐたが、ただ小宮町へ行つた帰りにはいつも天満てんまの京阪マーケットでオランダといふ駄菓子を一袋買つてゐた。子供の時から何か口に入れてゐないと、勉強出来なかつたのである。京阪マーケットの駄菓子はよそで買ふより安く、専らそこに決めてゐたのだが、一つにはそこの売子の雪江といふ女に心をかれてゐたのだ。栄養不良らしい青い顔をして、そりの強い眼鏡を掛けてゐてオドオドした娘だつたが、楢雄が行くたび首筋まであかくして、にこつと笑ふと、笑窪ゑくぼがあつた。ある日、楢雄が行くと、雪江は朋輩に背中を突かれて、真赤になつてゐた。おや、俺に気があるのかと思ひ、修一の顔をちらりと想ひだしながら、
「君、今度の休みはいつなの?」
 その休みの日、道頓堀でボートに乗りながらきくと、雪江の父は今宮で錻力ブリキの職人をしてゐるが、十八の歳、親孝行だから飛田の遊廓へ行けと酒を飲みながら言はれたので、家を飛び出して女工をしたり喫茶店に勤めたりした挙句あげく、今のマーケットへ勤めるやうになつた。しかし、月給の半分は博奕ばくち狂ひの父のもとへ送つてゐると、正直に答へた。父の家を逃げ出し、それでも送金してゐるといふ点と正直な所が楢雄の気に入り、また、他の店員のやうにケバケバした身なりもせず、よれよれの人絹を着てゐるのも何か哀れで、高槻の下宿へ遊びに来させてゐたところ、ある夜ありきたりの関係に陥つた。女の体の濡れた感覚の生々しさは、楢雄にもう俺はこの女と一生暮して行くより外はないと決心させた。しかし、香櫨園の女中のことも一寸頭をかすめた。
 間もなくビリの成績で学校を出たのをしほに、楢雄は萩ノ茶屋のアパートに移り、母に内緒で雪江と同棲した。そして学校の紹介で桃山の伝染病院に勤めた。母から受取つた金は無論卒業までにきちきち一杯に使つてゐたので、病院でくれる五十円の月給がうれしくて、毎日怠けず通つた。一つには人もいやがる伝染病院とはいかにもデカダンの俺らしいと、気に入つてゐたからである。もつとも病院の方では、楢雄が気に入つてゐるといふわけではなかつた。背広を作る金がなかつたので、ボロボロの学生服で通勤すると、実習生と間違へられ、科長から皮肉な注意を受けた。それでも、服装で病気を癒すわけではありませんからと、平気な顔をしてその服で通してゐると偏屈男だと見たのか、その後注意もなかつたが、しかし寿枝の方へはいつの間にかこつそり注意があつた。
 寿枝は驚いて萩ノ茶屋のアパートへ来た。管理人が気を利かせて、応接間へ通したので同棲してゐるところは知られずに済んだと、楢雄はほつとした。寿枝は洋服代にしろと言つて何枚かの紙幣を渡さうとしたが、楢雄は受け取らうとしなかつた。
「僕にはもういただく金はない筈です。」
「いいえ、お前の金はまだ千円だけ預つてあります。」
「あれは兄さんにあげたお金です。」
「ぢや、これはお母さんがお前にあげます。」
 それならいいだらうと、無理に握らせると、やはりふと寿枝を見た眼が渋々嬉しさうだつた。しかし、帰りしなに寿枝が、
「お前もいつまでも頑固なことを言はずに、少しは世間態といふことも考へなさい。お母さんもお前に背広も着せない母親だと言はれたら、どんなに肩身が狭いか判りませんよ。」
 と言つたので、楢雄の喜びは途端に消えてしまつた。それでも雪江には、
「おい背広作れるぞ。」
 と、喜ばせてやる気になつた。が、雪江は何だが不安さうだつた。
 果して、管理人にきいてみると、寿枝は楢雄と雪江の暮しを根掘り聴いて行つたといふことだつた。楢雄は恥しさと、そして二人のことを聴きながら素知らぬ顔で帰つて行つた母親への怒りとで、真赤になつた。翌日、阿倍野橋のアパートヘ移つた。
 移転先は内緒にしてあつたが、病院で聴いたのか、移つて五日目の夜寿枝はやつて来た。楢雄は丁度病院の宿直で留守だつたが、わざと留守の時をえらんで来たらしく、その証拠に寿枝は雪江を掴へて、どうか楢雄と別れてくれとくどくど頼んだといふことだつた。寿枝も寿枝だが雪江も雪江で、寿枝の涙を見ると、自分も一緒に泣いて、楢雄さんの幸福のために身を引きますと約束したといふ。
莫迦ばか野郎! 俺に黙つてそんな約束をする奴があるか。」
 と楢雄は呶鳴りつけて、「運勢早見書」の六白金星のくだりを見せ、
「俺は一旦かうと思ひ込んだら、どこまでもやり通す男やぞ。別れるものか。お前も覚悟せえ。」
 翌日、岸ノ里のアパートへ移つた。移転先は病院へも秘密にし、そして「俺ハ考ヘル所ガアツテ好キ勝手ナ生活ヲスル。干渉スルナ。居所ヲ調ベルト承知センゾ。昭和十二年九月十日午前二時シルス」といふ端書はがきを母と兄あてに書き送つた。
 ところが、それから三日目に田辺の叔母が病院へやつて来た。
「あんたの同棲してゐる女は今宮の錻力ブリキ職人の娘で、喫茶店にゐた女やいふさうやが、あんたは親戚中の面よごしや。それも器量のええ女やつたら、まだましやが……。」
 さう言つて叔母は、一ぺんこの写真の娘はんと較べてみなはれと見せたのは見合用の見知らぬ娘の写真だつた。楢雄は廊下に人が集つて来るほどの大きな声を出して、叔母を追ひかへした。そして三日目に病院をやめてしまつた。無論、叔母の再度の来訪を怖れてのことだつたが、雪江には、
「いくら伝染病院だといつても、あんなに死亡率が高くては、恥しくて勤めてゐられない。」
 と言ひ、しかしこれは半分本音であつた。

 病院をやめるとたちまち暮しに困つたので、やはり学校の紹介で豊中の町医者へ代診に雇はれた。夜六時から九時まで三時間の勤務で月給六十円だから、待遇は悪くはなかつたが、その代り内科、小児科、皮膚科、産婦人科の四つも持たされ、経験のない楢雄では誤診のないのが不思議なくらゐだつた。紹介する方も無責任だが、雇ふ方も無茶だと思つた。しかし、それよりもしたりげな顔をして患者に向つて居る自分には愛想がつきた。院長は金の取れる注射一点張りで、楢雄にもそれを命じ、注射だけで病気がなほると考へてゐるらしいのには驚いたが、しかしそんな嫌悪はすぐわが身に戻つて来て、えらさうな批判をする前にまづ研究だと、夜の勤務で昼の時間が暇なのを幸ひ、毎日高医の細菌学研究室へ通つた。
 そこでも、研究生の物知り振つた顔があつた。楢雄は俺は何も知らぬから、知つてゐることだけをすると言つて、毎日試験管洗ひばかししてゐた。試験管洗ひは誰もいやがる仕事で、普通小使がしてゐたのだ。それを研究費を出して毎日試験管洗ひとは妙な男だと重宝ちようはうがられ、また軽蔑された。しかし楢雄は、磨き砂と石鹸で見た眼に綺麗に洗ふのは易しいが、培養試験に使用できるやうに洗ふのは、なかなかの根気と技術の要る仕事だと、帰つて雪江に聴かせた。
 ある夏の日、二つ井戸へ医学書の古本をあさりに行つた帰り、道頓堀を歩いてゐると喫茶店の勘定場で金を払つてゐる修一を見つけた。ちらりとこちらを見た眼が弱々しい微笑をうかべてゐるので、ふとなつかしい気持がこみ上げたが、しかし、その微笑は喫茶店の前で修一の出て来るのを待つてゐる若い女に向けられたものだと、すぐ判つた。女はずんぐり肩がいかつて美人ではなかつたが、服装は良家の娘らしく立派であつた。相変らずだなと苦笑しながら、物も言はず通り過ぎたが、しかしさすがに修一も楢雄には気づき、帰ると、
「今日楢雄を見ましたよ。この暑いのに合服を着て、ボロ靴をはいて、失業者みたいなみすぼらしい恰好かつかうでしたよ。」
 と、寿枝に語つた。合服といふことがまず寿枝の胸をチクリと刺し、なぜ立ち話にでもあの子の居所をきいてくれなかつたのかと、修一の冷淡さを責めた。
 寿枝は私立探偵を雇つて、京阪マーケットに勤めてゐる雪江を尾行して貰ひ、楢雄のアパートをつきとめた。早速出掛けたが、二人は留守で、管理人や隣室の人にきいてみると、月給は雪江の分と合はせて九十五円はいるのだが、そのうち二十円は雪江の親元へ送金するほか、研究費とむやみやたらに買ふ医学書の本代に相当要るので、部屋代と交通費を引くといくらも残らず、予想以上にひどい暮しらしかつた。昼飯を抜く日も多いといふ。寿枝は帰ると為替かはせを組んで、夏服代だと百円送つたが、その金はすぐ送り返されて来た。
「ヒトノ後ヲ尾行シタリ隣室ヘハイツテ散々俺ノ悪口ヲ言ツタリ、俺ノ生活ヲ覗イタリスルコトハ、今後絶対ニヤメテクレ。コノ俺ノ精神ハ金銭デハ堕落シナイゾ。」
 といふ手紙が添へてあつた。寿枝はその手紙を持つて田辺へかけつけ、妹の前で泣いた。そして一緒にアパートに行くと、もう楢雄は引つ越したあとだつた。
 寿枝は楢雄の手紙を持つて親戚や知己を訪れ、手紙を見せて泣くのだつた。修一はそんな恥さらしはやめてくれと呶鳴り、そんな暇があつたら、僕の細君でも探してくれ、細君がないと僕は出世が出来んと、あかい顔もせずに言つた。寿枝は圭介の友人にたのんで、やつと修一の結婚の相手を見つけたが、見合では修一は断られた。妾の子はやはり駄目だと、修一は寿枝に毒づき、その夜外泊したのを切つ掛けに、殆んど家へ帰らず、たまに帰つても口を利かず、寿枝は老い込んだ。
 ある夜、楢雄が豊中からの帰り途、阪急の梅田の改札口を出ようとすると、老眼鏡を掛けてしよんぼりたたずんでゐる寿枝の姿を見つけた。待ち伏せされてゐるのだと、すぐ判つて、楢雄はいきなり駈けだして近くの喫茶店へ飛び込み、茶碗へ顔を突つ込むやうにして珈琲コーヒーすすりながら、俺は母を憎んでゐるのではないと自分に言ひきかせた。ちらつと見ただけだつたが、母の頭は随分白くなつてゐた。もう白粉も塗つてゐなかつた。寿枝は楢雄のうしろ姿を見て、靴のカカトの減り方まで眼に残り、預つてゐる千円を送つてやらうと思つたが、いや、あの金はあの子がまともな結婚をする時まで預つて置かう、でなければ蘆屋の本妻に合はす顔がないと気を変へて、夜更けのガラあきの市電に乗つてしよんぼり小宮町へ帰つて行つた。すると、翌日の夜、楢雄から速達が来て「俺ハ世間カラキラハレタ人間ダカラ、世間カラキラハレタレプラ療養所デ働ク決心ヲシタ。世間ト絶縁スルノガ俺ノ生キル道ダ。妻モ連レテ行ク。モウ誰モ俺ニ構フコトハ出来ナイゾ。」とあつた。寿枝は修一をかき口説くどいた。修一も楢雄がレプラ療養所などへ行けば、自分の世間もせまくなると、本気に心配したのか、一日中かけずり廻つてやつと楢雄のアパートをつきとめると、電話を掛けた。
「おい、強情はやめて、女と別れて小宮町へ帰れ。」
 楢雄の声をきくなりさう言ふと、
「無駄な電話を掛けるな。あんたらしくない。」
 電話のせゐか、ふだんより癇高かんだかい声だつた。
「とにかく一度会はう。」
「その必要はない。時間の無駄だ。」
「ぢや、一度将棋をやらう。俺はお前に二回貸しがあるぞ!」
 と、ちくりと自尊心を刺してやると、効果はあつた。
「将棋ならやらう。しかし、言つて置くが将棋以外のことは一言も口をきかんぞ。あんたも口を利くな。それを誓ふなら、やる。」
 約束の日、修一が千日前の大阪劇場の前で待つてゐると、楢雄は濡雑巾ぬれざふきんのやうな薄汚い浴衣ゆかたを着て、のそつとやつて来た。あをぐろくやつれた顔にひげがばうばうと生えてゐたが、しかし眉毛は相変らず薄かつた。さすがに不憫ふびんになつて、飯でも食はうといふと、
「将棋以外の口を利くな。」
 と呶鳴るやうに言ひ、さつさと大阪劇場の地下室の将棋倶楽部クラブへはいつて行つた。
 そして盤の前に坐ると、楢雄は、
「俺は電話が掛つてから今日まで、毎晩寝ずに定跡の研究をしてたんやぞ、あんたとは意気込みが違ふんだ。」
 と言ひ、そしていきなり、これを見てくれ、とコンクリートの上へ下駄を脱いだ。見れば、その下駄は将棋の駒の形に削つてあり、表にはそれぞれ「角」と「竜」の駒の字が彫りつけられてゐるのだつた。修一はあつと声をのんで、暫らく楢雄の顔を見つめてゐたが、やがてこの男にはもう何を言つても無駄だと諦めながら、さア来いと駒を並べはじめた。
(昭和二十一年三月)
posted by pengiin at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | 図書と文庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月26日

『自然魔術』デッラ・ポルタ (講談社学術文庫)

『自然魔術』デッラ・ポルタ(講談社学術文庫)


イタリア・ルネサンス後期の自然魔術師の主著。動物・植物の生成変化、磁石の不思議、蒸溜の方法、芳香の作り方、レンズの実験など自然探究者・技術者としての知見が綴られる。錬金術が説く金や賢者の石の生成には懐疑的であり、「白魔術」に分類されるこの著作は、プリニウスの『博物誌』に並び称される。本書は全二十巻からの抄訳。


【目次】

素晴らしい事柄の原因について

さまざまな動物の生成について

新しい植物の産出について

家財を増やすために

金属を変えることについて

偽金作りについて

磁石の不思議について

驚くべき治療について

女性を美しくすることについて

蒸溜について

芳香について

火薬について

鋼鉄を強化することについて

料理術について

魚釣り、野鳥狩り、狩猟他について

不可視な筆記について

奇妙なレンズについて

静態的な実験について

空気作用による実験について

カオスについて

著者等紹介


デッラ・ポルタ,ジャンバッティスタ[della Porta,Giambattista]

1535年頃ナポリ生まれ。青年時代に研究のためヨーロッパ各地を旅行、1589年『自然魔術』全20巻を出版。一方で喜劇作家としても活躍。1615年没


地中海的な知の伝統の中に生まれたデッラ・ポルタ。実験・観察を重視する研究態度はのちに「白魔術」とも評された。その主著の抄訳。デッラ・ポルタは16世紀から17世紀、イタリア・ルネサンス後期に活躍した自然探求者・技術者である。自然魔術師とも呼ばれる。その著書『自然魔術』は、古代ローマの学者プリニウスの『博物誌』と並び称される、自然に関する知識と観察・実験の成果をまとあげた書物である。

内容は、当時の自然観が率直に語られる一方で、動植物の生成、磁石、医術、女性美、蒸留、芳香、火薬、料理、狩猟、光学(レンズ研究)などについて、見聞と著者自身による実験観察をもとに詳細に語られている。いわば自然に関する知識の万華鏡とも言える。

デッラ・ポルタの近代科学への貢献は大きいと言われるが、その反面、黒魔術と呼ばれる錬金術についても言及されており、その技術は改良されることによって明るい見通しがつくとしている。ただし、錬金術師たちが吹聴しているようには「金」も「賢者の石」も「不老不死の妙薬」も作り出すことは不可能と断言している。

本書は博物誌としての歴史的意義とルネサンスから近代への思想的転換期を現している書物の抄訳。


第一巻 素晴らしい事柄の原因について

第二巻 さまざまな動物の生成について

第三巻 新しい植物の産出について

第四巻 家財を増やすために

第五巻 金属を変えることについて

第六巻 偽金作りについて

第七巻 磁石の不思議について

第八巻 驚くべき治療について

第九巻 女性を美しくすることについて

第十巻 蒸留について

第十一巻 芳香について

第十二巻 火薬について

第十三巻 鋼鉄を強化することについて

第十四巻 料理術について

第十五巻 魚釣り、野鳥狩り、狩猟他について

第十六巻 不可視な筆記について

第十七巻 奇妙なレンズについて

第十八巻 静態的な実験について

第十九巻 空気作用による実験について

第二十巻 カオスについて


澤井繁男 1954年生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。イタリアルネサンス文学・文化専攻。東京外国語大学論文博士(学術、1999)。現在、関西大学文学部教授。


「『自然魔術』は光学や磁気学の分野での実験物理学の第一歩とも言うべき内容を含んでいるのであり、簡単にネグレクトされるべきものでない」(562)と述べます。『自然魔術』第7巻の「磁石の不思議において」では、古代以来、磁石が金属と区別される石と見なされていたことに対し、「磁力が鉄の性質によるものとされたことは注目してよい」(584~585)と評価しています。

デッラ・ポルタは「鉄屑を鉄板の上に置き、手を下に入れて〔手に持った〕磁石を動かしても、鉄屑は立ち上がらず、板の上でじっとしている」(586)、とこれまでの「磁石の不思議について」の真偽をひとつひとつ自ら検証しているのです。

 本書は、『自然魔術』第7巻でもっとも重要なことは、

 ⑴ 磁力が遠隔作用であること

 ⑵ 鉄にたいする磁化作用

 ⑶ 磁力が距離とともに減衰することを明確に語って、「力の作用圏」という概念を創りだしたことであると指摘します。

posted by pengiin at 10:00| 東京 🌁| Comment(0) | 図書と文庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月25日

「子供と馬の話」小川未明


 九がつ一日ついたち大地震おおじしんのために、東京とうきょう横浜よこはま、この二つのおおきな都市としをはじめ、関東かんとうたい建物たてものは、あるいはこわれたり、あるいはけたりしてしまいました。そして、たくさんな人間にんげんにましたことは、もうみんなのっていることだとおもいます。いままでうごいていた汽車きしゃはトンネルやレールが破壊はかいしたために、もう往来おうらいができなくなりました。また、毎晩まいばんはなやかなまちらしていた電燈でんとうは、装置そうちこわれてしまったために、そののち幾日いくにちというものは、みやこじゅうがくらになり、よるは、ランプをつけたり、ろうそくをともさなければなりませんでした。
 そんなように、いままでつごうがよく、便利べんりであったものが、すっかりくるってしまって、三十ねんも四十ねんものむかしかえったように、不便ふべんなみじめなさまになったのでありました。
 こういうめにあいますと、いままで、便利べんり生活せいかつをなんでもなくおもっていた人々ひとびとははじめて、平和へいわのことにありがたみをかんじたのでありました。そして、また、それがむかしのようになるのには、どれほど、おおくの労力ろうりょく日数にっすうとがかからなければ、ならぬかということをったのであります。
 わたしたちは、けっして、ひとりでに、このなか便利べんりに、文明ぶんめいになったとおもってはいけません。たとえば、一つのトンネルをるにも、どれほど、おおくのひとたちが、そのためにくるしみはたらいたかをかんがえなければならないのです。
 また、電気でんきが、にぎやかな街々まちまちにつくのも、てんでのうちにきたのも、そこには、たくさんなひとたちの労力ろうりょくとそれについやされた日数にっすうがあったことをかんがえなければなりません。
 こうして、このなかは、みんなのちからによって、文明ぶんめいになり、つごうがよくゆき、そして平和へいわたもたれてきたのでありました。
 けっして、自分じぶんひとりが、どんなに富裕ふゆうであっても、また学問がくもんがあっても、このなかは、すこしもつごうよくいくものでもなければ、また文明ぶんめいになるものでもないことをよくらなければなりません。それをるには、こんどの災害さいがいはいい機会きかいといっていいのです。
 それですから、こまっているひとたちをこまらないひとたちはすくわなければなりません。そして、いままでのように、みんなが自分じぶん才能さいのうをふるって、このなかのために有益ゆうえきはたらき、ますますつごうがよくいくようにはやくしなければならないのだとおもいました。
 もう一つ、この機会きかいに、わたしたちは、らなければならないことがあります。それは、このなかのためにはたらいているものは、ひとり、人間にんげんばかりでなく、うまも、うしも、よく人間にんげんのためにはたらいているということです。
 この、ものをいうことのできない、おとなしい、かわいそうな動物どうぶつを、こころある人間にんげんは、あわれんでやらなければなりません。いじめられるからといっていじめてはなりません。
 太郎たろう二郎じろうとは、よく、あさきるときから、よるるまでのあいだに、いくたびということなく、けんかをしたかしれません。それは、ほんとうにたがいににくったからではなく、かえってなかのいいためではありましたけれど、つねにいいあらそうのには、どちらか無理むりなところがありました。
 おとうさんは、どういったら、二人ふたりがおとなしくなるだろう。どんなおはなしをしてかせたら、にしみてくだろうとあたまをなやましていられました。
 あるときのこと、おとうさんは、近所きんじょひとたちといっしょに、夜警やけいをしていられました。なんといっても、まだみんなは、おちつくことができずにいました。そして、火事かじをどんなにおそれていたかしれません、夜警やけいをしなければ、みんながおちついて、よるねむることができなかったからであります。
 往来おうらいていますと、れてからも、避難ひなんをするひとれがつづいてとおりました。五人連にんづれになったもの、三人連にんづれのもの、また、二人ふたり、四にんというふうに、いずれも、ぞうりをはいたり、また、はだしになったりして、わずかばかりの荷物にもつって、おとこも、おんなも、ふうなどはかまわずに、たいていはまったくしたままののままで、一こくはやく、このおそろしいみやこのがれて故郷こきょうほうかえろうとするものばかりでありました。そうしたれが、はや幾日いくにちつづいたことでありましょう。
 なかには、かれて、もうあるけなくなったのを、おかあさんやおとうさんに、はげまされて、とぼとぼとゆくちいさな子供こどももありました。
 このみちとおって、みんなは、汽車きしゃえきほうへとゆくのでした。
「ほんとうに、どく人々ひとびとですね。」と、夜警やけいをしている近所きんじょひとたちが、そのなかでも、子供こどもを三にんも四にんもつれて、みすぼらしいふうをして、さもつかれたようすであるいてゆく家族かぞくのものをましたときにいいました。
やすんでおいでなさい。」
「おむすびも、お菓子かしもありますから、めしあがっておいでなさい。」
 夜警やけいをしていた、太郎たろうのおとうさんや、近所きんじょひとたちは、口々くちぐちにこういいました。
 すると、つかれた家族かぞくのものは、こちらをいて、ちょっと躊躇ちゅうちょしましたが、ついにまって、
「どうぞ、おむすびを一つ子供こどもらにやってください。」と、父親ちちおやらしいひとがいいました。
「さあ、さあ、たくさんありますから、みんなめしあがってください。」と夜警やけい人々ひとびとはいって、ぼんってきてしました。
 子供こどもらは、はらっていますので、みんなおむすびをよろこんでべました。
 やがて、そのひとたちは、あつくおれいをいって、またみちあるいてゆきました。
「あんなような子供こどもがあっては、汽車きしゃるのが、どんなにほねおりだかしれません。」
 かれらのったあとで、みんなは、そのひとたちの停車場ていしゃばいてからさきのことなどを想像そうぞうして同情どうじょうしたのでありました。
 ひるから、よるとなく、つづいた避難ひなんするひとたちのれも、さすがに、真夜中まよなかになると、いずれも、どこかに宿やどるものとみえて、往来おうらいがちょっとのあいだはとだえるのでした。
 そらあおぎますとあまがわが、下界げかいのことをらぬかおに、むかしながらのままで、ほのぼのとしろながれているのでありました。
「もう、何時なんじごろでしょうか。」
「二をすこしぎました。」
 あたりは、しんとしていました。このとき、あちらから、やまなりに荷物にもつんで、荷馬車にばしゃがやってきました。
 その荷車にぐるまいているのは、しろうまでありました。そして、さきって、手綱たづないているおとこは、からだのがっしりした大男おおおとこでありました。うまも、おとこも、だいぶつかれているようにえたのであります。
 太郎たろうのおとうさんは、これをて、
「どこからきたのですか、よほど、とおいところからきなされたとみえますね。」と、やさしくこえをかけられました。
 ゴト、ゴトとおも荷車にぐるまうまかせてきたおとこは、手綱たづなをゆるめてまりました。
横浜よこはまから、今日きょうひるごろかけてまいりました。これから、もう一さきへゆかなければなりません。うまもだいぶつかれています。」とこたえました。
「そうとも、ここから横浜よこはままでは、十あまりもありますからね。」
「六郷川ごうがわ仮橋かりばしわたってきなすったのですね。」
「ええ、そうです。また、この荷物にもつろして、すぐに、今夜こんやのうちにかえるつもりです。」と、うまいてきたおとこはいいました。
「また、とおみちかえるのですか。」
「あすの晩方ばんがたに、あちらへきます。そして、あさっては一にちうまやすめます。」と、おとこは、こたえました。
 夜警やけい人々ひとびとは、このはなしいて、人間にんげんも、うまも、どんなにつかれることだろうとおもいました。
 こんなことは、平常ふだんおおくあることでありません。汽車きしゃとおっていれば、汽車きしゃ運搬うんぱんされるのです。こうした、変事へんじがあったときは、みんながたすったり、ほねをおらなければならないのであります。
 おとこは、また、手綱たづないて、ゆこうとしました。すると、うまは、もうだいぶつかれているものとみえて、じっとして、あるこうといたしませんでした。もっとこうして、やすんでいたいとおもったのでありましょう。
 しかし、いつまでも、おとこはそうしていることができないのをっています。やすめば、やすむほど、つかれはてきて、だんだんあるけなくなるものだからです。
「ど、ど、さあ、あるくだ。」とおとこは、うまこころからいたわるように、やさしくいいました。
 このとき、おとこは、けっして、うまをしからなかったのでした。ひとり人間にんげんだけではなく、うまでも、うしでも、感情かんじょうかいするものは、しかるよりは、やさしくしたほうが、いうことをきくものです。
 うまは、また、おも荷車にぐるまいてあるいてゆきました。
「こんなときは、うまもなかなかほねおりだ。」と、そのとき、太郎たろうのおとうさんといっしょに夜警やけいをしていたひとたちはかんじたのであります。
 翌日よくじつのことでした。太郎たろう二郎じろうとが、またちょっとしたことから、けんかをはじめましたときに、おとうさんは、昨夜ゆうべた、あわれな子供こどもらやとおいところからあるいてきたうまはなし二人ふたりにしてきかされました。
「かわいそうなひとたちのことをおもったら、けんかどころではないだろう。」と、いわれましたときに、二人ふたりは、ほんとうに感心かんしんをいたしました。
 太郎たろう二郎じろうは、自分じぶんのいままでんでしまってかさねておいた雑誌ざっしや、書物しょもつや、またおもちゃなどを不幸ふこう子供こどもたちにあげたいとおとうさんにもうしました。
「それは、いいかんがえだ。」とおとうさんはうなずかれました。そして、二人ふたりは、またおとうさんにかって、
しろいおうまは、もうおうちかえったでしょうか。」と兄弟きょうだいは、一にちあいだいくたびもおもしては、いていたのでありました。





底本:「定本小川未明童話全集 4」講談社 1977(昭和52)年2月10日第1刷発行 1977(昭和52)年C第2刷発行
底本の親本:「ある夜の星だち」イデア書院 1924(大正13)年11月
初出:「童話」 1923(大正12)年11月
※表題は底本では、「子供こどもうまはなし」となっています。
posted by pengiin at 15:00| 東京 ☔| Comment(0) | 図書と文庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月22日

『銀のペンセル』小川未明


 三味線しゃみせんをひいて、たびおんなが、毎日まいにち温泉場おんせんばまちあるいていました。諸国しょこくうたをうたってみんなをおもしろがらせていたが、いつしか、その姿すがたえなくなりました。そのはずです。もう、やまは、朝晩あさばんさむくなって、みやここいしくなったからです。
 ゆうちゃんも、もう、東京とうきょうのおうちかえちかづいたのでした。ここへきて、かれこれ三十にちもいるあいだに、近傍きんぼうむら子供こどもたちとともだちになって、いっしょに、草花くさばないた、おおきないしのころがっている野原のはらをかけまわって、きりぎりすをさがせば、また、みずのきれいな谷川たにがわにいって、岩魚いわなったりしたのであります。
きみ、もう、じきに東京とうきょうかえるのか。」と、一人ひとり少年しょうねんゆうちゃんにききました。
 そのかおがまるくて、いろくろ快活かいかつ少年しょうねんでした。ゆうちゃんは、この少年しょうねんきで、いつまでもともだちでいたかったのです。
きみのおうち東京とうきょうだと、いいんだがな。」と、ゆうちゃんは、いいました。
きみのおうちこそ、こっちへしてくれば、いいのだ。」と、少年しょうねんこたえました。
 そらいろが、青々あおあおとして、しろくもたか野原のはらうえんでゆきます。
 あとの子供こどもらは、いつか、どこかへいってしまったのに、その少年しょうねんばかりは、名残惜なごりおしそうにゆうちゃんのそばから、いつまでもはなれずにいました。
「いいとこへ、つれていってやろうか。」と、少年しょうねんさきって、くさけて、やまほうあるきました。
「どこへゆくんだい?」
 ゆうちゃんは、かおをあげて、いくたびもあちらをました。少年しょうねんは、だまってあるいていましたが、やがてまえに、はやしのぞまれました。葉風はかぜが、きらきらとして、えだは、かぜにゆらめいていました。もうくちけているくりのがいくつも、えだのさきについているのでした。
ぼくつけておいた、いいものをってきてあげるから、ここにっていたまえ。」と、少年しょうねん雑木林ぞうきばやしけてはいりました。そして、あちらの、こんもりとした、やぶのところへいって、しきりと、つるをたぐりせていました。ゆうちゃんは、うしろについてはいる勇気ゆうきがなく、はやしはしに、ってっていると、少年しょうねん紫色むらさきいろのあけびのをいくつも、もいできてくれたのであります。
「このもりには、りすがいるから、みんなべてしまうんだ……。」と、少年しょうねんは、いいました。
 ゆうちゃんは、はじめて、りすは、こんなところにすんでいるのかとりました。
東京とうきょうってかえって、お土産みやげにしよう。」
 ゆうちゃんは、にいさんや、ねえさんや、また、近所きんじょ叔母おばさんに、これをせたら、どんなによろこばれるだろうとおもいました。
東京とうきょうってかえるなら、まだ、いいものがあるぜ……。高山植物こうざんしょくぶつが、いいだろう……。」
高山植物こうざんしょくぶつがあるの?」
 ゆうちゃんは、少年しょうねんについて、こんどはやまほうのぼってゆきました。やまやまあいだになっている谷合たにあいにさしかかると、がかげって、どこからか、きりりてきました。岩角いわかどしろはないているのを、少年しょうねんは、つけて、
「これは、うめばちそうだ。」といって、丁寧ていねいからってくれました。
 また、湿しめっぽい、のわずかにもれる、したをはって、ちいさいさんごのようなあかのなっているのをしながら、
「これは、こけももだ。こうしてっていったら、がつくかもしれない。」と、少年しょうねんはしんせつに、ってくれました。
 温泉場おんせんばまちまで、二人ふたりは、いっしょにきました。わかれる時分じぶんに、
きみ、また明日あすのいまごろ、あのおおきなしらかばのしたであわない?」と、ゆうちゃんはいいました。
 無邪気むじゃきな、くろをした少年しょうねんはうなずいてりました。
「なにか、ぼくっているものをやりたいな。」と、ゆうちゃんは少年しょうねんわかれてから、かんがえていました。
明日あすあったとき、ぼく大事だいじにしているぎんのペンセルをやろう……。」と、こころなかで、きめました。いつしか、約束やくそくした翌日よくじつとは、なったのであります。
 しらかばのしたへ、ゆうちゃんはくると、すでに少年しょうねんっていました。おたがいに、にこにことして、また、めずらしいくさをさがしたり、いしたにかってげたりしましたが、ゆうちゃんは、わすれないうちに、ってきた、ぎんのペンセルをして、
「これをきみにあげよう……。」といって、少年しょうねんわたそうとしたのです。
 少年しょうねんは、したが、じっとて、それをもらおうとはしませんでした。
ぼく、こんないいものいらない。」と、かおあかくしながら辞退じたいしました。
「いいから、きみにあげよう。」と、ゆうちゃんは、無理むりにもらせようとしました。
ぼく鉛筆えんぴつがあるから、いらない。」と、少年しょうねんはなんといってもらなかったが、ついに、していってしまったのです。
 ゆうちゃんは、あとで、さびしいがしました。それから、温泉場おんせんばまで、ふたたび少年しょうねんることができなかったのでした。東京とうきょうかえ汽車きしゃなかでも、ゆうちゃんは、少年しょうねんのことをおもしていました。
「なんでぼくのやろうといった、ペンセルをってくれなかったのだろうな……。」
 こうおもったが、一ぽうに、ペンセルなんかしがらない、少年しょうねんが、なんとなくなつかしくかんじられたのです。
 高山植物こうざんしょくぶつは、都会とかいってくるとしおれてしまいました。
「どうかしてのつくように。」と、ゆうちゃんはたか物干ものほだいうえに、こけももとうめばちそうのはちってきておいたのです。あおあおよるそらは、とおく、きたほうれかかっていました。そのかなたには、これらの植物しょくぶつのふるさとがありました。ほしひかり高原こうげんそらにかがやいたように、ふけのそらにきらめき、さすがに、都会とかいにも、あきがきたのをおもわせて、かぜがひやひやとしました。
「ここにいたら、やまにいるようながして、がつくかもしれぬ。」と、ゆうちゃんは、少年しょうねんってくれた草花くざばな大事だいじにかばいました。そしてあくる日、けるのをって、物干ものほだいがってみますと、なんとしても、だますことはできなく、うめばちそうのしろはなあたまれ、こけもものこまかいうつくしい幾分いくぶんばんでいるのです。
 あの清浄せいじょうな、たかやまでなければ、これらの草花くさばなそだたないことをりました。ゆうちゃんは、それから毎晩まいばんのように物干ものほだいがって、あおよるそらをながめながら、たかやまや、少年しょうねんのことをおもしていました。白々しろじろとして、ぎんのペンセルのように、あまがわが、しんとした、よるそらながれて、そのはし地平線ちへいせんぼっしていました。
ぼくは、こんないいものはいらない。」といった、少年しょうねん言葉ことばみみにひびいて、こけもものあかのように、うめばちそうのしろはなのように、ゆうちゃんには、未知みち山国やまぐに生活せいかつがなつかしまれたのであります。





底本の親本:「未明童話集5」丸善 1931(昭和6)年7月10日発行
初出:「児童時代 創刊号」  1930(昭和5)年12月
posted by pengiin at 13:00| 東京 🌁| Comment(0) | 図書と文庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする