2020年05月08日

映画『リオ・ブラボー』BSプレミアム放送

テキサス州の南端リオ・ブラボーのある酒場で揉め事が起き、無頼漢ジョーが丸腰の男を撃ち殺した。

保安官チャンスはジョーを投獄するが、ジョーの兄は殺し屋を雇い、町を封鎖してしまう。孤立したチャンスは僅かな仲間と共に壮絶な戦いに挑むことに……

「赤い河」のジョン・ウェインを主役に選び、多くの古いスタッフたちを集めて作られた、ホークス監督言うところの『本物の西部劇』は大成功を収めたのだ。


https://youtu.be/2FEbBUPO5OU


映画『リオ・ブラボー』NHK BSプレミアム、本日午後1時より放送


【スタッフ】

監督・製作 ハワード・ホークス

原作 BH・マッキャンベル

撮影 ラッセル・ハーラン

音楽 ディミトリ・ティオムキン

美術 レオ・K・キューター

原題 Rio Bravo  

1958年製作 アメリカ 141


【キャスト】

ウォルター・ブレナン

スタンピー

ウォード・ボンド

パット

ジョン・ラッセル

ネイサン

クロード・エイキンス

ジョー

マルコム・アタベリー

ジョン・ウェイン

ジョン・T・チャンス

ディーン・マーティン

デュード

リッキー・ネルソン

コロラド

アンジー・ディキンソン

フェザーズ

ペドロ・ゴンザレス・ゴンザレス

カルロス

エステリータ・ロドリゲス


【ジョン・ウェイン古典的西部劇に革命】

ウェインは『真昼の決闘』の保安官役の描き方に不満を持って、親しかったハワード・ホークス監督に「正しい保安官を描きたい」と持ち掛けた。

「ベテランスタッフをかき集めて本物の西部劇を作ってみたかった」とホークスは意欲を示す。


メキシコ国境に近い町。殺人犯のジョーを捕まえた保安官チャンス(ウェイン)だが、一味が馬車を壊して町を出られなくしてしまう。

少ない味方はアルコール依存症だが早撃ちのデュード、片足のないスタンピー、流れ者のコロラドたち。

町を包囲した敵のバーデット一味が一晩中『皆殺しの歌』を歌う。歴史上名高いアラモ砦を攻撃時に歌った『DE GUELLO』が原曲。ウェインは翌年監督した『アラモ』(60年)でも使っている。デュードが観念して酒を浴びるシーン。「あの音楽で急に手が止まった。あれで敵が誰だか思いだしたよ」と酒を戻すのだった。

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2020年04月26日

映画『在りし日の歌』

変貌する社会情勢を背景に、懸命に生きる夫婦の30年間を描く。もはや個の喪失は他人事ではない叙事詩。

ベルリン国際映画祭で銀熊賞(最優秀男優賞、最優秀女優賞)を受賞。

監督・脚本は『我らが愛にゆれる時』のワン・シャオシュアイ。185分。

映画『在りし日の歌』公式サイト


https://www.cinemacafe.net/article/2020/04/05/66588.html

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2020年04月11日

100分de名著 カミュ“ペスト”第1回〜第4回(98分)本日放送

【カミュのベスト解読】全4回シリーズ一挙再放送

411(午後3:00

突如ペストの猛威に襲われた都市。罪なき命が次々と失われていく中、災厄に立ち向かう人々が現れる。人間は「不条理」にどう向き合うべきかを問うたカミュの代表作。

100分de名著 カミュペスト第1回〜第4回(98)

【講師】学習院大学教授中条省平【司会】伊集院光,島津有理子

【朗読】川口覚,【語り】小口貴子【声】羽室満

http://www2.nhk.or.jp/hensei/program/


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北アフリカの港湾都市に蔓延したペスト。あらゆる試みは挫折し、災禍は拡大の一途をたどる。後手に回り続ける行政、相互不信、愛する人との過酷な別離。極限状況の中、人間の尊厳をかけて連帯し、闘い続ける人々。戦争や全体主義、大災害といった極限状況に、人間はどう向き合い、生きていくべきか、カミュが描こうとした「不条理」を読み解く全4回のシリーズを一挙再放送。


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La Peste

https://www.gentosha.jp/article/15125/

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2020年03月18日

「プリンスエドワード島」ネコ歩き 3月18日水曜 NHKBSプレミアム 午後0時00分〜 午後1時00分

「赤毛のアン」舞台となった島に輝く水面と鮮やかな緑、その中でのびのびと過ごすネコたち。野原ではハンティング、街ではミルクをおねだりして島の人々と仲よく暮らしている。中にはボールのようにまんまるになったネコや歴史を感じる競馬場での出会いもあった。まるでアンの世界で遊んでいるかのようなネコを撮った番組の再放送。

【出演】岩合光昭,【語り】宮崎あおい

https://www.nhk-ep.com/products/detail/h23638AA

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2020年02月27日

東京オリンピック開催迄あと147日の日に「AKIRA」放送!

アニマックス、「東京オリンピック開催迄あと147日」の日に「AKIRA」放送するのか!
AKIRA | アニマックス: https://www.animax.co.jp/programs/NN10000993 


「AKIRA]が31年前に2020年東京五輪中止を予言

https://golden-tamatama.com/blog-entry-joc-takeda.html


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2020年02月22日

「きょうの猫村さん」松重豊主演テレ東放送

「きょうの猫村さん」松重豊主演で実写化 230秒のミニドラマ、4月よりテレ東で放送。


ほしよりこ漫画「きょうの猫村さん」が松重豊主演で実写化されるのが22日、テレビ東京より発表。猫の家政婦・猫村ねこに扮したビジュアルも公開。

https://www.cinematoday.jp/news/N0114288

裕福な一家のもとで働く猫村の悲喜こもごもを描く1230秒のミニドラマで、48日より毎週水曜深夜052分〜058分、全24回にわたって放送される。

「うちの猫に聞いてみたのですが何も教えてくれません。猫は意気込みを語りません。今日、衣装合わせで鏡をみてるうちに、猫村さんを演じる自分が楽しくなってきました」松重豊

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2020年02月09日

NNNドキュメント「カネのない宇宙人 信州 閉鎖危機に揺れる天文台」[解][字] 

2/10 (月) 0:55 〜 1:25 (30分) 

よみうりテレビ(Ch.10)


信州にある国立天文台・野辺山観測所が、財政難で閉鎖の危機に陥っている。多額の資金が得られる軍事研究の甘い誘いに揺れる中、奮闘する天文学者の1年を追った。

【語り】  田中泯

https://tver.jp/episode/68209118


「人類史上初ブラックホールの撮影に成功」「はやぶさ2着陸成功」日本の宇宙科学は、世界で輝かしい実績をあげている。しかし、この栄光の裏側で研究の現場は苦境に立たされている。長野県・八ヶ岳のふもとにある国立天文台・野辺山宇宙電波観測所が今、財政難で閉鎖の危機に陥っているのだ。「経済的利益」を重視する国の政策によって、観測所の資金が大幅に減ったのが原因だ。存続をかけて奮闘する天文学者を1年間追った。


《テレビ信州》


「経済的利益」を重視する国の政策って、色々な文化施設の運営を苦難へと追いやる結果にしてる。

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2020年01月30日

大阪風邪は『シンプソンズ』で予言放送?

TVアニメ『シンプソンズ』で起こることは、予言ドラマと言われるほど現実化する。


主人公ホーマーが住むスプリングフィールドに、大阪風邪と呼ばれるウイルスが伝染する。新型肺炎は日本からアメリカに伝染する、大阪風邪と呼ばれるようになる?

https://youtu.be/hqCVB0tOSVQ


1998年米放送された「スターどっきり(秘)生活」(When You Dish Upon A Star)。20世紀フォックスのスタジオの外壁看板に、「ウォルト・ディズニー・カンパニーの部門」という一文が書き込まれていた。スタジオのオフィス内へと移り、『スター・ウォーズ』のポスターが飾ってある部屋で、ロン・ハワード監督が映画のアイデアを売り込んでた。それはハン・ソロを主人公にした映画『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』(日本公開2018年6月29日)でメガホンを取った監督である。



イリュージョニストのジークフロイト&ロイが観客の目の前でホワイトタイガーに襲われる。レディー・ガガがハーネスを使って空中浮遊しながらパフォーマンスをする。ドナルド・トランプが米大統領になると2000年に放送されてた。またトランプ政権の後始末をすべく、2020年にリサが初の女性大統領就任と16年前放送で予言する。数多くの場面をアニメーションのドラマ予言してきた。現実に的中させると「またも予言的中」「かなり前からこうなることを知っていたなんて……彼らは予言者だろ……」と都市伝説になっている。

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2019年11月25日

映画『シャイニング』今夜BS NHK放送

The Shining1980年ホラー映画。BS NHK今夜21時より放送

スティーヴン・キング原作小説をスタンリー・キューブリックが映画化。ポスターにもなった斧で扉をぶち破るシーンは、2秒程度なのだが190以上のテイクが費やされて、撮影は二週間もかかったという。キューブリック監督はリテイクを重ねて、撮影期間が長く『シャイニング』製作に5年費やしている。


【あらすじWikipedia】

コロラド州のロッキー山上にあるオーバールック・ホテル。小説家志望のジャック・トランスは、雪深く冬期には閉鎖されるこのホテルへ、管理人としての職を求めて、妻のウェンディ、一人息子のダニーを引き連れて訪れた。

支配人のアルマンは、「このホテルは以前の管理人であるチャールズ・グレイディが、孤独に心を蝕まれたあげく家族を斧で惨殺し、自殺したといういわく付きの物件だ」と語るが、ジャックは気にも留めず、家族と共に住み込むことを決める。ダニーは不思議な能力「シャイニング」を持つ少年であり、この場所で様々な超常現象を目撃する。

ホテル閉鎖の日、料理長であるハロランはダニーとウェンディを伴って、ホテルの中を案内する。自身も「シャイニング」の能力を持つハロランは、ダニーが自分と同じ力を持つことに気付き、「何かがこのホテルに存在する」と彼に語る。そして、猛吹雪により外界と隔離されたオーバールック・ホテルで、3人だけの生活が始まる。

ホテルが持つ”怪異”で徐々に精神を病んだジャックは、謎の存在に命じられるまま妻と息子を手に掛けようとするが、息子ダニーの機転によって、その目的は頓挫した。ホテルの記憶の一部となったジャックが、写真の中で微笑む。

キャスト・スタッフ

監督スタンリー・キューブリック

製作総指揮ヤン・ハーラン

脚本スタンリー・キューブリック

ダイアン・ジョンソン

原作スティーヴン・キング

音楽ベラ・バートック ウェンディ・カーロス


ジャック・ニコルソン:ジャック・トランス

シェリー・デュヴァル:ウェンディ

ダニー・ロイド:ダニー

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2019年10月29日

女優・八千草 薫さん追悼

1931年1月6日 - 2019年10月24日。 大阪府出身。宝塚音楽学校卒。
所属事務所は柊企画。愛称はヒトミ、ヒトミちゃん(本名に由来)。

映画[出演作品]
宝塚夫人(1951年)目下恋愛中(1951年)メスを持つ處女(1951年)昔話ホルモン物語(1952年)千姫(1953年)プーサン(1953年)看護婦・織壁さん 旅はそよ風(1953年)金ん捕物帖 謎の人形師(1953年)かっぱ六銃士(1953年)喧嘩駕籠(1953年)誘蛾燈(1953年)今宵ひと夜を(1954年)若い瞳(1954年)
宮本武蔵 (1954年初のカラー映画出演)お通 役
八千草 薫 蝶々夫人 Madama Butterfly(1954年)主役の「蝶々さん」役。


夏目漱石の三四郎(1955年)くちづけ(1955年)へそくり社長(1956年)決闘巌流島(1956年)乱菊物語(1956年)続へそくり社長(1956年)愛情の決算(1956年)白夫人の妖恋(1956年)殉愛(1956年)世にも面白い男の一生 桂春団治(1956年)
雪国(1957年)生きている小平次(1957年)新しい背広(1957年)銭形平次捕物控 八人の花嫁(1958年)東京の休日(1958年)現代無宿(1958年)旅姿鼠小僧(1958年)喧嘩太平記(1958年)大江戸千両祭(1958年)濡れ髪剣法(1958年)弥次喜多道中記夫婦篇 弥次喜多道中双六(1958年)グラマ島の誘惑(1959年)孫悟空(1959年)森の石松幽霊道中(1959年)槍一筋日本晴れ(1959年)


天下の大泥棒 白浪五人男(1960年)ガス人間第一号(1960年)新・夫婦善哉(1963年)こんにちは赤ちゃん(1964年)団地・七つの大罪(1964年)侍(1965年)日本侠客伝 浪花篇(1965年)美しさと哀しみと(1965年)忍びの者 伊賀屋敷(1965年)悪名無敵(1965年)大殺陣 雄呂血(1966年)古都憂愁 姉いもうと(1967年)わが恋わが歌(1969年)

朝霧(1971年)男はつらいよ 寅次郎夢枕(1972年)マドンナ役 田園に死す(1974年)アフリカの鳥(1975年)アサンテ サーナ(1975年)不毛地帯(1976年)星と嵐(1976年)ブルークリスマス(1978年)英霊たちの応援歌 最後の早慶戦(1979年)ハチ公物語(1987年)226(1989年)鈴木たか役  いつか どこかで(1992年)宮澤賢治 その愛(1996年)天国までの百マイル(1997年)

サトラレ(2001年)阿修羅のごとく(2003年)etc
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2019年10月20日

ヤスミン・アフマド監督の長編「細い目」が劇場で公開

2004年マレーシア・アカデミー賞でグランプリ、監督賞を含む6部門を独占して、第18回東京国際映画祭で最優秀アジア映画賞に輝いた『細い目』は、民族や宗教の違いを超えて惹かれる男女の姿を描いた。今月国内初公開となった。

香港の映画スターが大好きなマレー系の少女オーキッドは、露店で海賊版の香港映画ビデオを売る中華系の少年ジェイソンと出会う。恋に落ちるが、やがてジェイソンの知られざる秘密が明らかになる。「細い目」とは中華系の目が細いのをからかうマレーシアの言い方で、人々の価値観が変わり、細い目はチャーミングだと考えられることになった。

『細い目』は「オーキッド3部作」とう作品群の第1作目で、この後に第2作目―ヒロインのその後を描いた『グブラ』(2006)、第3作目―ヒロインの幼少期を描いた『ムクシン』(2006)が続いていく。


ヤスミン・アフマド(1958~2009)は、多民族・多言語・多宗教の混成社会マレーシアにおける多文化共生の理想と現実とのギャップを、どこまでも優しく、ときに冷徹に、かつウィットとユーモアを込めて描き出した映画監督です。 

『細い目』『グブラ』『ムクシン』『ムアラフ――改心』『タレンタイム~優しい歌』『ラブン』と長編6作品を通じてマレーシア映画の魅力を世界へ、新しい風を吹き込んで「マレーシア映画の母」とも称される。

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2019年10月19日

『雪』の映画を作る話 中谷宇吉郎


 去年の暮のことである。T映画会社の専務とかいう方が見えたというので、会って見たら、その用向きというのが、『雪』を映画にして見たいがどうかという話だったので、少々驚いた。
 もっともよく話を聞いて見ると、ちょっと面白いので、人工雪の結晶が顕微鏡の覗野の中でだんだん生長して行くのを活動にとって、それを主眼にして、外に少し研究の雰囲気をとり入れた文化映画が作りたいという話なのである。
「実は社の文化映画部の者が貴方の『雪』を読んで、大変面白いから是非一つこれを作りたいと言うのでしてな。どうも外国の文化映画がますます良くなって、何とかして独逸ドイツなんかの物に負けないような奴を一つ作りたいのですが、なかなか巧いものがなくて困っているんです。下手に立派な器械の場面だと思って撮ると、独逸製のマークがはいっていたりするようなことがあると困りますからね。その点『雪』の方なら大丈夫ですからな」という話であった。
 どうもなかなか油のかけ方が上手である。こういう風に巧くおだてられるとすぐ降参してしまって、それでは一つ協力して何とかやって見ましょうということになった。
 もっともこれは本当のことを言うと、私の方にとっても、大変好都合な話なのである。それというのは、低温室内の人工雪の方の仕事も段々進捗して、この頃は巧く装置内で雪の結晶を固定して置いて、装置の外から顕微鏡写真がとれるようになって来たのである。今迄は大抵は雪の結晶が出来上るのを待って、それを取り出して、低温室の片隅に設置してある顕微鏡の下へ持って行って、写真を撮っていたのであるが、それでは生長の途中の色々な段階での形が分らない。それでどうしても生長途中の形を知る必要がある時には、途中でちょっと外へ取り出して、大急ぎで顕微鏡写真を撮って、又装置の中へ戻して、生長を続けさせるという風な姑息なことをしていた。
 ところが装置の外から写真が撮れるようになると、実験は大変楽になる。兎の毛の一点に雪の核がつくのを待って先ず写真をとる。それから十分置き位につぎつぎと写真を撮って行くと、雪の結晶の生長して行く有様が実に鮮明に分って来て大変面白かった。今迄は、雪の結晶は、先ず上空で中心部が出来て、それが落下して来る途中で、つぎつぎと外側に新しい結晶の枝がついて出来上ると簡単に考えていたのであるが、どうも自然の機構はもっと複雑なようである。よく注意して一つの結晶の生長の過程を見て行くと、出来上った形だけを見たのではなかなか分らないような途中の形を何度も通って、完成形になるということが分った。
 それでは雪の結晶の形からそれが出来た時の上層の気象の状態を判断しようという前から考えていた夢のような話も笑い話になりそうであるが、そこは科学の研究の有難さで、嘘でない観察と実験の結果だけはいつ迄も残るものである。というのは、結晶の生長途中に於ける外観上の変形の法則さえ分れば、問題の大筋は矢張り通ることになるからである。
 ところで面白いことには、今迄一回の降雪に就いて、各種の雪の結晶がまじって降って来ると思っていたのが、前からの写真をよく調べて見ると、その中には人工雪の生長途中の各段階に於けるような形の結晶が、沢山あることが分った。どうも上層の色々な高さのところで雪の核が出来るので、高い所で生れた結晶は、すっかり生長した形となって地表に達するが、比較的地表近くで出来始めた結晶は、赤児のままの形で同時に観測にかかるものらしい。それで当面の問題としては、人工雪の生長の過程を詳しく調べる必要がある。それには、低温室の中に撮影機を備えつけて、結晶の生長を顕微鏡活動に撮るのが一番良いことは勿論である。特に微速度で何秒かに一齣ずつ撮れば、普通に映写した時には、結晶がみるみるうちに生長して行く姿が見える筈である。
 その準備はすっかり出来て、あとは活動の撮影機さえあれば良いというところまで実験は進んでいるのであるが、十六ミリ級の小型のものでは、とても低温室内で使えそうもない。と言って数万円もする標準型スタンダードの撮影機が買える見込は、当分のうちはなさそうである。
 所へもって来て今度の話なので、ちょうど良いところであった。このT社の専務さんは、初めは映画化の承諾だけとって、撮影は東京でやりたいという意向らしかった。「低温室はビール会社のものか何かを借りて、あの『雪』の中に書いてあるような装置を作ってやれば出来ましょうね。顕微鏡活動の装置は立派なのが会社にありますから」という申し出であった。これには少々恐縮したので、とにかく一度低温室を見に来て下さいということになった。
 零下三十五度くらいの室内で、すっかり実験の装置を説明したら、これはやはりこの低温室の中で撮影しなくては駄目だということに、一も二もなく決定した。この専務さんはその後度々会っているうちに分ったのであるが、大変研究に興味があって、自分でも色々奇妙な発明に苦心したりしている人であった。それで低温室内の私たちの仕事にも余程興味があったと見えて、ひどく『雪』の映画化に気乗がして、人でもフィルムでもふんだんに使って良いから、是非立派なものを作って下さいということになった。
「私の方の会社では、こういう映画は、一巻×千円くらいで作り上げることにしていますが、何、かまいませんよ。良いものが出来れば金はいくらかかってもいいですよ。一つ外国へ出してやりましょうよ。よろしく御指導を願います」と言って、帰って行った。後で考えて見ると、少くも二三万円はする撮影機が二台は撮影期間中使い放しになるし、それに経費もそんなにかけるというのだから、大変贅沢な話である。それにつけても学問の研究に使う金なんか随分貧弱なものだとつくづく感じた。
 外国へ出すという話で気が付いたのであるが、これも誠に御誂え向きの話である。実はこの九月に亜米利加のワシントンで、万国雪協議会という国際的学会の会議があることになっている。その会議コングレスは四年毎に一回開かれるもので、世界二十七ヶ国の学者百七十人ばかりを会員にした大掛りなものである。一九三六年に英国のエジンバラで第一回の総会があって、その時の報告書が今年になってやっと出来て来たのであるが、それを見ると八百頁余りの部厚なもので、数百の雪や氷に関する論文がぎっしりつまっている大変なものである。それで今度の会議にも出席して見たい気持も無いではなかったのであるが、それよりも『雪』の映画に英文でアナウンスを入れて、それを身代りに出席させる方が気楽である。しかし大学の研究費で映画なんか作ったら、一年の研究費をふいにしても足りないところへ、ちょうどこの申し込みである。世の中のことがいつでもこういう風に行けば誠に工合が良いものだと勝手なことを考えて、自分でも少し可笑しくなった。

 二月になって、いよいよ撮影技師の一行が五人で札幌へ乗り込んで来た。カメラマンのY君と、庶務係のO君と、外に助手、照明係の連中である。撮影機を二台と、外に三脚だの、照明用具だのは勿論のこと、撮影やテストの現像に必要な道具など一切持ち込んで来たのだから、大変な荷物である。それを宿屋に持ち込んで置いて、さっそく低温室へはいる用意と言って、シャツだのズボン下だのを買いに出かけるのだから、まるで北極探険にでも行くような騒ぎであった。
 翌日はあらかじめ借りてある低温室附属の空いている実験室にすっかり荷物を持ち込んで、さっそく低温室内で撮影機が巧く働くかどうかのテストにとりかかった。人工雪の方は、もう一月も前から準備にとりかかっているので、私の方の助手や学生の人たちは、手ぐすね引いて待っていたところである。いよいよ仕事にとりかかって見て、何よりも驚いたことは、カメラマンや助手の諸君の勉強振りである。その中でもY君の猛勉強振りには、一同がすっかり度胆を抜かれてしまった。私の方の人たちは少くも一年、中には二年も三年も低温室にはいり馴れているのであるが、それでも零下三十五度くらいの時で、二時間というのが最長記録である。普通は三十分くらい毎に外へ出て、暖まって又はいることが多い。ところが、Y君は着いた翌日からもう二時間以上も低温室内に頑張って、撮影機の設置だの、照明のテストなどを始めるという勢いであった。勿論陸軍からの払下げの兎の毛皮の防寒服に防寒帽、フェルトの防寒靴など、身拵えはしているのであるが、一時間以上もはいっていると、膝のあたりから少し痛くなって来る。一旦冷え込んでしまったら、外へ出ていくらストーブにかじりついて見ても、骨の髄に沁み込んだ寒さはなかなか抜けないので、非常に気味が悪いものである。
 私はまだ体力がすっかり恢復していないというので、実験は主として助手のH君がやってくれることになっていたのであるが、すっかり低温室に住み馴れたH君も、Y君の勉強振りには少々辟易したらしい。「あんなことをして大丈夫なんでしょうか。昨日なんか、カメラを取りつけるんで、低温室の床の上に坐り込んでしまったんですが。三時間も続けてはいっていて本当に大丈夫なんでしょうかね。」とH君は少し心配そうな顔をしている。私も初めは少々心配だったのであるが、その後段々見ていると、四時間くらい連続的にはいっていることもあったようだが、別に当座は誰も病気にならなかったところを見ると、あの防寒服で零下三十度迄なら四時間程度は先ず大丈夫ということを、Y君が実験してくれたわけである。
 時々低温室へはいって見ると、Y君が生真面目な顔をしてカメラに齧りついている。微速度で、五秒一齣くらいで撮っているので、モーターの廻転をギアで落している音が、妙にしんとした低温室内に静かに響いている。Y君は黙ってその番をしている。Y君の助手たちも手持無沙汰な少しねむいような顔をして、じっとギアの番をしている。本当のところ少し長く低温室内でじっとしていると、少しねむくなって来るのである。防寒帽の兎の毛には息が凍りついて真白になっている。時々助手君が腹がしくしくするとか、足の骨が痛いとか独り言のように言って見ても、カメラマンは知らぬ顔をして振り向きもしない。どうも恐るべき統制振りなのでひそかに舌を捲いたくらいであった。
 カメラの調整や照明のテストがすっかり済んで、いよいよ人工雪の成長を撮るとなって、急に色々な困難が出て来た。初めに兎の毛に核がついたところから始めるのであるが、核が出来てしまうと、結晶は急に成長し始める。それでなるべく初期の状態から捉えるためには、早くからカメラをすっかり調整して、いつでも始められるようにしておく必要がある。ところがカメラは始終低温室内に入れ放しにしておくというわけには行かない。いくら掃除と油とを吟味しても、前夜から低温室内に入れ放しておいたのでは、やはり廻転に無理が出来て、カメラが細かい振動を起し易い。相手が顕微鏡であるから、ちょっとの振動でもすぐ像がちらちら動いて、すっかり駄目になってしまうのである。低温室内で活動写真用のカメラを使うことは、あらかじめ充分心得て色々の注意をして置いたつもりであるが、いよいよとなると思わぬ故障が起り易い。結局油の垢のようなものが潤滑面に溜るのが一番怖しいので、毎日仕事がすむと、カメラを取り出してすっかり掃除をして、朝になって又低温室へ入れることにした。そしてY君がその設置をしている間にH君が人工雪の方の準備をする。それが巧く行って雪が出来始める迄に暫く余裕があれば、一度外へ出てちょっと身体を暖める暇があるのであるが、まごまごしているうちに核が出来てしまうと、そのまま撮影を続けなければならない。一度撮影にとりかかると、雪が出来上ってしまう迄少くも二時間は撮影を続けなければならないのだから、どうしても前後四時間近く連続的に低温室内にはいることになってしまう場合が多い。それで朝の八時頃から十二時近く迄かかって、巧く行けば映画の場面にして一カット約十秒くらいのものが出来上るわけである。ところがこれだけ苦労をしても必ずしも、一場面の撮影が出来るわけではない。何にしても相手が気紛れな雪の結晶のことである。第一、核のうちは形が見えないので、それがどういう風に発達するかが分らないのであるが、とにかく撮影は始めなければならない。運よく巧く樹枝状の綺麗な結晶になり始めたかと思うと、ちょっと水温の調節が悪かったり照明の光が強すぎたりすると、途中で発達が止るか、或は形が崩れてしまう。朝の中に講義と雑用とをすませて、午頃低温室へ行って見ると、附属室の方でY君が、少しやつれたような顔をしてストーブで暖まっている。「どうした」ときくと、「どうも途中で崩れてしまいまして」という返事のことが多かった。
 植物の花が開いたり、葉が散ったりする場面の微速度撮影は度々見ていたので、雪の結晶の生長も大体あの調子に出来上るだろうと考えていたのは大変な誤算であった。第一微速度撮影には、相手が静止していてくれなくては困るのであるが、顕微鏡の視野の中では、ちょっとした動揺でも拡大されるので、結晶は先ず絶対に静止というくらいにしなくてはならない。ところが結晶の生長は水蒸気の上昇対流の中で起るので動くのが当然である。それが先ず第一の矛盾である。次に結晶の美しい写真を撮るためには、結晶の面全体が焦点面に入らなければならない。普通の顕微鏡写真を撮る時は、その都度結晶を動かして焦点を合せばよいのであるが、活動の場合はそんな悠暢なことはしておられない。もっともこういう点は実験物理の範囲内であるから、H君が色々器用な細工をしてくれて、どうにか巧く切り抜けられるようになった。
 一番困ったのは照明の問題である。研究用のものならば、どうにかはっきり写ってさえおれば充分なのであるが、今度の場合は少し話がちがう。とにかく人も器械も経費も全部出して貰っている以上、少しは商品価値も出さなくては気の毒なので、そうこっちの勝手ばかりも言ってはおられない。それにY君の気質としては、どんな困難な撮影でも、科学的価値と同時に画面としての美的価値も出さなくては満足出来ないらしい。もっともウーファの文化映画などには、どうして撮影したか見当もつかないような困難な場面が、画としても実に美しく出来上っているのが多いのだから、本当ならば私も美しい写真が撮りたいのである。
 今迄の私の所で撮っていた写真は、結晶の微細な構造を見るために、透過光で白地に黒い線で結晶が出るように撮影していたのであるが、Y君の説によると、斜めの方向からの照明も必要で、それで結晶の線の一部が輝くようにした方が良いというのである。後に試写を見て分ったことであるが、なる程その通りである。普通の写真は明るい所で見るので、単なる乱反射光だけの問題であるが、映画の場合は画面が光源となるので、結晶面の一部に輝いた白線があることが、非常に効いて来るのである。そういう照明をする為に、装置の一部に副窓を作って、背後からの透過光と、副窓からの補助照明とで、写真を撮ることになった。この補助照明がちょっと強すぎると、結晶が昇華して崩れてしまうのである。
 低温室内の長時間撮影、顕微鏡による微速度、結晶の気紛れ、照明による結晶の昇華と、これだけ悪条件が初めからすっかり分っていたら、少くもこの冬には手がつけられなかったことであろう。しかし始めた以上、止めるわけには行かないので、とにかく相当な写真が撮れる迄は、頑張るということに話が決った。
 今に閉口垂へこたれることだろうと思って見ているのに、Y君はちっとも手を緩めない。毎日、朝早くから低温室に入り込んで、昼めしの時にちょっと出て、午後は又次のカットを撮り始めるという始末である。私の方はH君の外に学生の人の応援もあり、交代が出来るので幾分楽であるが、Y君の方はすっかり一人でそれを引受けなければならない。「Y君、どうも少し勉強が過ぎやしませんか。一体君は例外なんでしょう。それともカメラマンというのは皆そんなに勉強家ばかりなんですか」と聞くと、Y君はにやにやしながら、「ええまあ、ロケーションに出ると皆なかなか頑張りますよ」と言う。どうも皆がこの調子だとすると、日本で一番の怠け者は物理学者だということになりそうであるが、まさかそんなこともあるまい。しかしいずれにしても、大学の教授などが一番の勉強家で、活動の連中なんかはみんな不良少年程度のものと思っている先生があったら、そういう見解は改めた方が良さそうである。

 台本は社の方で作ってくれたのであるが、実験の都合もあり、天然雪も勝手に降らすわけにも行かないだろうから、適当にそっちで変更して貰いたいという話であった。いずれにしても外国語版の方は少しむつかしくした方が良さそうだというので、その台本を作ることにした。
 さて台本を作るにしても流石さすがにちっとも勝手が分らない。それでY君とO君とに来て貰って、相談をしながら作って行くことになった。両人にしたら迷惑な話で、一日中低温室で働いて、夜になって今度は台本を作るというのだから楽な話ではない。座敷の真中に大きい机を持ち出して、三方からそれを囲みながら、今迄に出した雪の論文の別刷と、洋罫紙とを一杯に拡げ立てて、シナリオともコンティニュイティともつかぬものを書き出した。
 初めのうちはまるで調子が出なくて、どこから手をつけてよいか見当がつかないので大いに困った。それでも予備知識として、overlap とか wipe out とか fade out とかいう技術テクニックスと、その意味とを教わっているうちに、段々ぼんやりながら台本の作り方が分りかけて来た。それでとにかくやってみようという決心をつけて、先ず原則を勝手に決めることにした。第一に観衆に「分らす」という点であるが、これは学生が試験を受けるために事柄が「分る」という意味で分らすことは止めるという方針を立てて、線画を出来るだけ少くすることにした。もっとも雪の結晶の科学がまるで分らなくては困るのであるが、かなり大胆に作っても、研究の雰囲気と朧ろな内容とは誰にも分らすことが出来る筈だとして、先へ進むことにした。そういう方針だと、「説明」を出来るだけ少くする必要がある。こういうサイレントで撮って、トーキーでアナウンスを入れる種類の映画では、アナウンスの方はとかく説明に陥り易いようである。せっかく耳と眼と二つの次元ダイメンションを使いながら、それを一つの平面の上に並べてしまうのは如何にも能のない話である。それで洋罫紙の一方の面にコンティニュイティを書きながら、各場面の時間を決めて、その長短に従って行をあけて置く。一方少しゆっくりした口調で読みながら時間を測って見ると、英文だと案外沢山はいって、十秒に二十五語から三十語迄は大丈夫のようである。その割合で時間を合せて、罫紙の他の面に画面の直接の説明に陥らないように注意しながら、アナウンスを書いて行くのであるが、そう巧く時間が合うように、自由に文句は出て来ないことが多い。そういうところでは仕方がないから、画面の方で塩梅したり、新しいカットを挿入して辻褄を合せたりすることにした。画面の方を変えると、アナウンスの方もまた少し変って来るので、結局両方から歩み寄るわけである。この映画に於ける漸次接近の方法サクセッシブ・アップロキシメーションはなかなか面白かった。もっともアナウンスの外に音楽もはいるのであるから、底に低く音楽を流すと、いくらでも胡魔化ごまかしが効くらしいということも、少しやっているうちには分って、この方もちょっと面白かった。
 アナウンスと画面とを立体的に組合すことにすると、画面の方はそれだけで昔のサイレント映画のように完成している必要がある。そのつもりで台本をつくりかけて見て、二晩ばかりかかって初めて分ったことは、寺田先生の「映画と連句」が如何にも卓見であったということである。随筆でも書くようなつもりで、つぎつぎと連絡した画面を出して行ったのでは、目先はいくら変っていても、誠に薄っぺらな感じのものになるらしいことは、台本の上だけでも充分わかった。それかと言って、余り突飛な場面を挿入して物笑いになるのはなお困るし、結局連想の世界での連絡という連句の心得が、この場合に一番大切な黄金則になるようである。もっともそこ迄分ったとしても、映画の方は生れて初めてのことであり、連句の方もそれに似た程度の腕前では、如何にしても傑作は出来そうもない。それに初めからの註文が、なるべくは一巻に纏め上げたいという話だったので、連句の方は差し控えることにして、なるべく内容のある画面ばかりを選ぶことに決めた。そして画面の付け離しには、overlap や wipe out をふんだんに使って胡魔化すを覚えたのであるが、それだけでは余り人為的な感じが出る恐れがある。よく考えて見ると、下手にそんな細工をするよりも、カットの連続ばかりの方がかえって結果が良いかも知れないという気もする。それで所々には、かなり沢山のカットの連続も入れて、そこはトーキーを善用して、アナウンスがカットの継目に適当にかぶさるようにしたら、全体としてかなり活溌ではあるが、流暢な映画が出来るのではなかろうかと、少々滑稽なくらい雄大な計画を立てた。
 こういう規模雄大なつもりでやりかけたのであるが、実は出来上ったものを見ると、誠に平凡なもので、少々きまりが悪かった。もっともそれくらいでちょうど良いので、余り最初から立派なものが出来上っても困ることであろう。結局映画を作るということは非常に面白いものであることがよく分った。ただ迷惑なのはY君で、三晩ばかり続けさまに十二時過ぎ迄かかって、やっと三分の二くらいまで漕ぎつけたら、到頭弱音を吹いて気の毒だった。「どうも朝から低温室にはいっていますので、夕方七時頃迄やって、宿へ帰って熱いお風呂に入ると、もうぐったりしてしまうものですから」という話である。私の方も毎晩映画製作をやっているわけにも行かないので、ちょうど良いことにして、大体一晩おきに続行することにして、到頭英文版と日本語版と、二つ共作り上げてしまった。
 台本が大体出来上る迄に、人工雪の成長と、低温室内の必要な場面とは大体撮れたのであるが、困ったことは、この冬は雪がちっとも降らないことであった。二月の初め迄に北海道の測候所始って以来という大雪が降ってしまって、それが五尺近い積雪となって地上にあることはあるが、すっかり石炭の煤で汚れてしまっていて、どうにも撮りようがない。皆が札幌へ来てから二十日間というものは毎日晴天つづきで、これも北海道有史以来という不運に遭ったわけである。降雪中の街の景色と、屋上における観測の場面とがなくては、どうにもシナリオが書けないので、毎日待っているが、夕方になると一天雲もない空の地平線近くが薄紫色に霞んで、春の光の兆しが見えるような日ばかり続いて如何にも心細かった。二週間ばかり待って、漸く天気が崩れる気配が見えて来た。そして時々さっと驟雪型の雪が降って来るようになったので喜んだのであるが、今度はそれを捉えるのに大いに困難した。やっと雪が降って来たと思って、重いカメラと三脚とを二組、三階の屋上迄かつぎ上げたかと思うと直ぐ止んでしまう。暫く待っていると雲が薄れて青空が少し見え出すので、落胆してカメラを低温室の方へ運ぶと、又降り出す。大急ぎで駈け上ると又止む。そういうことを一日に三回繰り返したこともあった。そのうちに段々皆の気持の中に、敗軍の将兵達の間に起るような気分が兆し始めたような気がして、少々心細くなった。一番困ることは、余り肉体的と同時に精神的に疲れてしまうと、目的が良い場面を撮ることかられて、良い場面を撮るために行動することに変ってしまうことである。それでも結局根気の方が、今一息というところで天候に打ち勝って、三月になってやっとこの方もとにかく我慢出来る程度の場面が撮れた。
 これで一応札幌での撮影が済んだので、細かいカットは後廻しにして、この気象配置が動かないうちに、大急ぎで十勝岳へ天然雪の結晶と山小屋の場面とを撮りに行くことにした。私の方でもちょうど三月の十勝の雪を未だ調べたことがなかったので、H君たち三人が一行に加わって、コレクション用の天然雪の写真も撮り、撮影の相談にも乗ることになった。流石の十勝もこの冬は妙に暖かくて、夜の十二時頃にならぬと、零下十度に下らないので大変困ったそうである。それでも宿屋の土間に頑張って、毎晩十一時頃から雪が降って来る毎に撮影を始めているうちに、鼓の結晶が顕微鏡の視野の中で、風に吹かれて一廻転する場面というような珍しいものも撮れた。雪は時かまわずに降るし、滞在期間の余裕はなしというので大分困ったようであった。真夜中から結晶の撮影を始めて、明け方の四時迄写真を撮り、疲れてぐっすり寝込んだ寝入りばなをY君が叩き起して、「良い雪が降って来たから直ぐ山小屋の場面を撮りに行く」と言うので、時計を見たらまだ六時だったというのだから、皆の閉口垂れた姿が思いやられる。
 十勝のロケーションも一週間ばかりでとにかく済んで、また低温室へ戻って人工雪のカットを少し撮り直し、結局前後四十日ばかりかかって、どうにか予定の場面だけは撮ることが出来た。

「映画を作る話」はこれで済んだわけではない。と言うのはまだ編輯モンタージュという厄介な仕事が残っているからである。どうせここ迄来た以上は、ついでに編輯も一度勉強しておこうという気になって、四月上京の折に映画会社の方へ寄って見た。撮っただけのネガを皆焼いてつなぎ合せた編輯用の陽画はもう出来ていた。これはラッシュというものだそうである。普通のラッシュは旧いフィルムを再製したものに焼くので、とても見られたものではないが、今度のは比較的よいフィルムに焼いて貰ってあったので、その試写を小宮さんとか安倍さんとかいう少しやかましそうな先生方にも見て貰った。そしてその意見をきいて、翌日は朝から夕方迄撮影所の編輯室にとじこもって、Y君と二人ですっかり第一次の編輯をして見た。
 ラッシュは焼きが一定していないし、フィルムも悪いし、それに無駄な場面も沢山はいっているし、その上順序が滅茶苦茶なので、どうにもならないもののように見えた。とんだものが出来上ったと少々腐っていたら、Y君が「これでも良い方ですよ。すっかり御化粧したら立派なものになります」と慰めてくれた。
 編輯をやるにはムヴィオラという便利な器械のあることを初めて知った。磨硝子すりガラスの上をフィルムが走って、それを裏から電灯で照しながら、拡大鏡で見る装置である。フィルムの走る速さは、ペタルの踏み加減で任意に調節出来るので、大変工合の良いものである。これで覗きながら、カットの取捨をしたり、一部を切ったりして、つないで行くのであるが、一番の問題は場面の気分が台本を作る時に考えたものとまるでちがっているものが多いことである。それから偶然巧く撮れた予期しない場面もかなりあるので、これ等を取捨選択するとなると、全体の調子も構成も、初めに考えていたものとは大分変って来る。もっともそれだから編輯の方が重大なので、意想外にむつかしいが、面白いこともずいぶん面白かった。
 編輯をして見て一番閉口したことは、低温室の中がちっとも寒くないことである。零下三十五度を指している寒暖計の大写しを出して見ても、何にもならない。低温室の内部の壁が白木で張ってあるので、照明灯の光が映えて、室全体が煌々と輝いて、如何にも暖かそうに見える。これでは真暗な低温室の中で息が白く凍る雰囲気はとても出て来そうもない。そんなことに今頃になって気がつくのはおそいのであるが、気に入るような映画が一月くらいで出来上る筈はなかったのである。この問題だけについて見ても、初めからこういう室内で特殊の効果を出すような照明灯から、工夫してかかるべきであったということが、後になって分った。
 天然雪はもう時期がおそくて、針だの、角柱だの、十二花だのという珍しい結晶は撮れなかった。それで仕方なくこういう結晶は旧い写真を複写して挿入して見たが、いざ映写して見ると、まるで死んでいるので、大部分は割愛してしまった。そのついでに、人工雪の結晶も代表的のものだけ採って、後はどんどん削ることにした。低温室の中で四時間もかかって撮ったカットが、つぎつぎと消えて行くので、Y君は如何にも悲しそうであった。そして「大抵の官庁の映画だと、あれも入れろこれも入れろと言われて困るのですが、それにしても先生のは少し削り過ぎやしませんか」と少し恨めしそうであったが、まあ我慢して貰うことにした。
 昼めしは撮影所の食堂で食べた。忠臣蔵の討入を撮っているとかで、殺され役の吉良の家来たちと並んで弁当を食べて、午後も続けて編輯をやった。夕方一通り出来上ったので、今一度試写をして見ると、少し映画らしくなっているので幾分安心した。後の細かいお化粧のことはすっかりY君に頼んで、これで先ず「映画を作る話」は完了したわけである。
 編輯をして見て一番面白かったことは、台本を書いている時に予想した映画と、出来上ったものとは、まるで別のものになるということが分ったことである。頭の中で考えたものと、現実とは如何なる場合にも違って来るものらしい。編輯の技術の方はその現実の方に即しているだけに、それだけむつかしく、又それが本当の技術なのであろう。

 忙しい時間を大分潰して、とんだ道楽と思われそうなことをして見たが、最後に残った感想は、全く新しい経験というものは、如何なるものでも、一度体験して見て決して損はないということであった。
(昭和十四年四月)





底本:「中谷宇吉郎集 第三巻」岩波書店
   2000(平成12)年12月5日第1刷発行
底本の親本:「続冬の華」甲鳥書林
   1940(昭和15)年7月1日
初出:「中央公論 第五十四年第六号」中央公論社
   1939(昭和14)年6月1日発行
※初出時の表題は「『雪』の映画を作る話」です。

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2019年10月07日

画家とモデル(1955) Artists and Models (1955)

ブロードウェイのミュージカル『画家とモデル』をもとにしたもので監督は「腰抜け 二挺拳銃の息子」のフランク・タシュリン。製作はハル・B・ウォリス。マーティンとルイスの相手役は「底抜けびっくり仰天」のドロシー・マローン、「ハリーの災難」のシャーリー・マクレーン、「雨の朝巴里に死す」のエヴァ・ガボール、「中共脱出」のアニタ・エクバーグ。


リックはニュー・ヨークで広告デザイナーをしていたが、親友ユージーンのおかげでいつも仕事をしくじりどこに勤めても永つづきしない。ユージーンは少々頭の足りない漫画狂。或晩のことユージーンがスリラー漫画の夢を見て突然大声で叫び出す。半人半鳥の「ハゲタカ・ヴィンセント」という怪人の夢で、この怪人が不思議な“X34-R51+6=33X”という秘密の方程式を知っていた。
ユージーンが余り叫び声をあげるので、おなじ下宿のベシーとアビゲイルが文句を云い出した。アビゲイルは漫画の本を書いている女流画家で、ベシーは彼女のモデルになっているのだった。ユージーンはベシーとアビゲイルの部屋へあやまりに行き、ベシーが「こうもり女」の扮装をしているのを見て、自分のスリラー漫画の夢の中の「こうもり女」があらわれたものとおもい、おどろいて逃げ帰った。
 翌朝リックとユージーンは漫画本の出版社をたずねるとアビゲイルに出会う。彼女はどぎつい漫画を書くのが厭になって仕事を断わりにきたのだ。リックはアビゲイルを一眼見て忘れられなくなり一緒に帰る。リックはユージーンの夢から思いついて、スリラー漫画を書き始める。アビゲイルは子供の本を書くことになり、やはりユージーンをモデルに使った。べシーは星占いからどうしてもユージーンを恋人にしなければならないと思い込み、暇さえあれば彼を追いかけるようになった。
 リックのスリラー漫画はヒットする。が、ユージーンが夢見たのはロケットの秘密方程式そのままだった。外国のスパイたちがこれに気づく。美しい女スパイのソニヤが、リックからさらに秘密をさぐることを命ぜられた。
 ソニヤはリックを下宿に訪ねるがアビゲイルに邪魔されたので、こんどはユージーンをねらい舞踏会で「こうもり女」に化け、ユージーンをだまして、スパイの秘密の隠れ家へつれこんだ。リックはそこでしばられているベシーを発見し、事情を知り、ベシーと一緒にソニヤとユージーンの後を追う。
 リックとべシーがスパイの隠れ家へつくと、ソニヤがユージーンに眠りくすりを飲ませてスリラー漫画の夢を見させようとしているうちに、スパイたちの一団がかけつける。リックたちの命が危険にさらされたとき、連邦警察の一隊が後を追ってきてスパイ一味は一網打尽、リックとアビゲイル、ユージーンとベシーの4人はそれぞれ結婚する。


監督フランク・タシュリン 
製作ハル・B・ウォリス 
原作戯曲 Michael Davidoson 、 Norman Lessing 
脚本 ドン・マクガイア 
脚色 フランク・タシュリン 、 ハル・カンター 、 ハーバート・ベイカー 
撮影 ダニエル・L・ファップ 
作曲 ハリー・ウォーレン  指揮 ウォルター・シャーフ 
音楽演奏 チャールズ・オカラン  編曲 ウォルター・シャーフ 

キャスト
Rick_Todd ディーン・マーティン 
Eugene_Fullstack ジェリー・ルイス 
Bessie_Sparrowbush シャーリー・マクレーン 
Abigail_Parker ドロシー・マローン 
Mr._Murdock エディ・メイホフ 
Sonia エヴァ・ガボール 
Anita アニタ・エクバーグ

1955年 アメリカ 配給 パラマウント映画
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『ハリーの災難』(The Trouble with Harry)

 アルフレッド・ヒッチコック監督による1955年のアメリカのブラック・コメディ映画。
原作はジャック・トレヴァー・ストーリーの1949年の小説『ハリーの災難(早川書房、The Trouble with Harry)』。

紅葉の季節を迎えたバーモント州のある小さな村。
森の中でハリーという男の死体が見つかる。
村では様々な理由で「自分がハリーを殺してしまったのでは?」と思い込む人物が何人もい、
彼らはそれぞれの保身のためにハリーの死体を埋めたり掘り返したりすることになる。
やがて村の保安官が動き出し、事態は意外な方向へ展開していくてのであった。


配役
アルバート・ワイル エドマンド・グウェン
アイビー・グレブリー ミルドレッド・ナトウィック
サム・マーロウ ジョン・フォーサイス
ジェニファー・ロジャース シャーリー・マクレーン  
カルビン・ウィッグス ロイヤル・ダノ  
ウィッグス夫人 ミルドレッド・ダンノック  
アーニー・ロジャース ジェリー・メイザース 
グリーンボー医師 ドワイト・マーフィールド
大金持ち パーカー・フェンネリー

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2019年10月06日

シャーリー・マクレーンの名言

「人生において偶然はない。もし人が心を開き、感情を素直に表わし、あまり心配しなかったら人に対してとてもよい影響を与えることができるんだよ」

私達の人生は、自分がどのように世界を見ているかで決まります。

愛する人との別れの痛みは、自分自身と人々のつながりを知るきっかけになる。

自分で自分を楽しませるすべを知っている人間ほど強い。

自分の心を信ずるがよい。自分の直感を信じろと言ってもいい。

知力は限られている。感覚は限りない力を持つ。

「富や物を蓄積したり体を意識することは、何も悪いことではない。それに中毒してしまって、魂のことを忘れなければいいのだ。人が物とその獲得だけが生きがいだと思い込むとき、それはその人の行動に影響し、人生そのものを左右してしまうだろう。

財産や生命を失うことを恐れるのは、魂から分離している証拠である。そして、そのような恐れは魂の成長を制限する。そもそも、私たちがこの地上にいるのは、魂の成長のためなのである。魂が物質の中に入って、本来の自分を忘れて物質と一体になってしまうと、そこに物質主義が生まれるのだ。」



Shirley MacLaine バージニア州リッチモンド出身の女優。『ハリーの災難』で映画主演デビュー。

数々の神秘体験を通して、精神世界を探求。1983年の著書『アウト・オン・ア・リム』は世界的な大ベストセラーに。ほか『ダンシング・イン・ザ・ライト』など著作多数。

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2019年10月02日

『アナと雪の女王2』主題歌

ディズニー・アニメ映画『アナと雪の女王2』(Frozen 2)
エルサ役イディナ・メンゼルによる主題歌「Into the Unknown」

https://youtu.be/UIX6yEgkQMM

エルサの揺れ動く心情を歌った、メインとなる楽曲を手掛けたのは
前作『アナと雪の女王』で第86回アカデミー賞歌曲賞を受賞した
ロバート・ロペスとクリステン・アンダーソン=ロペス夫妻。
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2019年10月01日

短編アニメ「戦争のつくりかた」がネットで話題

絵本『戦争のつくりかた』りぼん・ぷろじぇくと(マガジンハウス)
東日本大震災をきっかけに発足したグループ・NOddINの働きかけで、映像化が実現した。
「日本(NIPPON)をひっくり返して見ること」を名前の由来とする。政府の原発や安全保障の政策に疑問を抱いた国内の映像作家やプロデューサー、アーティストで構成されている。


「この絵本は、2004年、日本が戦争へと近づいていくのではないかと気付いた人たちによって制作されたものです。この絵本をいま開くと、現在の日本や私たちの日常がその絵本に描かれている姿へと日々近づいているように思えます。」

短編アニメ「戦争のつくりかた」がネットで話題


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2019年08月19日

中国「国産アニメの時代到来」

神話の悪童・哪吒ナタクが大暴れ!

『哪吒之魔童降世』初日興行収入は1億3900万元(約20億1000万円)、週末3日間で6億600万元(約91億5000万円)。

https://youtu.be/2FFv_H0lUK0

「中国人なら誰でも知っている哪吒が主人公」「中国アニメは技術&ストーリーが、演出とともに成長し続けている」と国内報道。

現在興収は既に30億元(約480億円)を突破して、最終興収は40億元(約640億円)到達見込。

次回作は同じく「封神演義」のキャラクター・姜子牙を主人公にした作品。

https://www.excite.co.jp/news/article/Recordchina_20190812010/

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2019年07月27日

Eテレ「おしりたんてい」

「フーム、においますね」なんじけんをププッとかいけつ!NHK Eテレにて放送。
‎「おしりたんてい」毎週土曜 午前9時00分放送! [再] 毎週木曜 午後6時55分

原作 - トロル
企画 - 鷲尾天、長谷川均、押田敦
プロデューサー - 柳川あかり、安川めぐみ、坂田淳
シリーズ構成 - 高橋ナツコ
音楽 - 高木洋  美術デザイン - 増田竜太郎
色彩設計 - 森綾
キャラクターデザイン・総作画監督 - 真庭秀明
シリーズディレクター - 芝田浩樹
特殊効果 - 勝岡稔夫  撮影監督 - 五十嵐慎一
編集 - 吉田公紀  録音 - 阿部智佳子
音響効果 - 中原隆太、茅原万起子
記録 - 梶本みのり   制作デスク - 太田有紀
キャスティング - 松山守美
協力プロデューサー - 吉田稔、犬塚舞、高林淳一
アニメーション制作 - 東映アニメーション
http://www.oshiri-tantei.com/
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2019年07月20日

古代の宇宙人 presents エイリアンを調査せよ!

『古代の宇宙人』の“ジョルジョ・ツォカロス”が宇宙人が地球を訪れたという様々な仮説を検証する。


#1 謎の石「ロズウェル・ロック」
#2 アトランティス大陸
#3 ナチスのタイムマシン
#4 湖の未確認モンスター
#5 ビッグフット    
#6 地中海の巨人伝説
#7 プマプンクの古代遺跡
#8 アメリカ建国の謎
#9 謎多きナスカの地上絵
#10 エイリアンの遺したメッセージ

番組スケジュール

Giorgio A. Tsoukalos
スイスのテレビパーソナリティおよびプロデューサー。古代のエイリアンの宇宙飛行士が古代の人間と相互作用したという考えの支持者。
「今日の私たちが行き詰っているのは、誤解された技術のためです。今もなお宗教があるのは、地球外知的生命体の訪問が誤解されているからです」(ジョルジョ・ツォカロス)
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